ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2330)

 【実務家の批評】"商売のため"という口実

 "商売のため"という口実は、相当に汎用性の高いフレーズのひとつです。

 あまり適切な例ではありませんが、オーナーとして出会い系サイトを運営するのと、ユーザーとして出会い系サイトの掲示板に書き込むのは、どちらが恥ずかしいでしょうか。

 断然、ユーザーとして出会い系サイトに関わる方です。

 出会い系サイトを運営するのであれば、「商売だから」という口実を使うことができます。その非見識を批判されることはあっても、いわば"実存を揺るがすような"問題に発展することはありません。

 ところが、ユーザーとして出会い系サイトに関われば、「商売だから」という口実が使えません。下手をすると、「そんなに女からモテないのか」とか「男して欠陥があるのではないか」などと、"実存を揺るがすような"大問題に発展します。

 ある批評家の方も、いざとなったら「(売文業という)商売だから」という言葉を使うと言っていました。

 常識では、お金をもらわない立場の方が、お金をもらう立場よりも、責任が軽くて楽だとされています。実際は、そうとは限りません。

 一井の市民が、原稿料をもらわずに、本気で論文を書いたら、もう言い訳のしようがありません。その論文が否定されることは、自分の人格を否定されることに直結します。

 プロの批評家が、原稿料をもらって論文を書いたら、内容が否定されても、「原稿料のために仕方なく書いた」という言い訳ができるのです。だから、自分の人格を否定されずに済みます。

 卑怯と言われようとも、何かやるなら、お金をもらってやった方がいい。それは、「商売のため」という口実を盾に、自分の人格を守るためでもあるのです。

 1円の利益にもならない政治運動やボランティアに参加して、結局、その活動が間違っていたとなったら、もう救いがありません。連合赤軍も、"有名になるためのパフォーマンスだった"という言い訳ができたなら、まだ救いがあったのです。

 私欲を肯定せよ。カネで動く人であれ。そして、「商売だから」と言い訳せよ。

 逆説的ながら、そう立ち振る舞うことこそが、人間としての繊細な感情を守ることにつながるのです。

   追記.以上、前回の原稿と合わせて、我ながら決定的に重要なことを書きました。

山田宏哉記
 
 2009.10.19
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