ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2341)

 【知のOS】物理世界とインフォスフィア

 苫米地英人さんが『Voice』11月号に、「物理世界も情報世界の一部である」という趣旨のことを書いています。

 物理世界というのは、言うまでもなく僕たちが普通「現実」と呼んでいる(これまで「現実」と呼ばれてきた)この3次元の世界のことです。地球上であれば、生物が(おおよそ)移動可能な空間のことです。

 対して、情報世界というのは、"脳が認識するすべてのもの"のことです。当然、夢や空想やウェブの世界も含まれます。情報産業の用語を使えば、このような情報世界を"インフォスフィア"(情報圏)と呼ぶこともできるでしょう。

 人間以外の動物にとっては、物理世界こそが絶対的現実です。しかし、人間にとってはそうではありません。

 古い話をすれば、言葉と文字が発明された時点で、物理世界は"現実"としての特権的な地位を徐々に失い始めました。貨幣が生まれ、書物が生まれ、マスコミが生まれ、電話が生まれと技術の進展に伴い、人間にとっての"現実"は、拡張してきました。

 そして、20世紀末に始まる情報革命によって、「"物理世界"の特権性」が決定的に剥奪されます。

 映画館に行くのにウェブで座席を予約する人を、「仮想現実に毒された病人」呼ばわりしようものなら、批評した側こそがまさに病人です。

 いまや、僕たちにとって本当に包括的かつ切実な問は、「インフォスフィアをどう生きるか」ということです。「現実(物理世界)は厳しい」といった昭和風の説教で、対応できるような問題ではありません。

 当然、生き方も、働き方も根本から変わっていくでしょう。物理世界が現実と呼ばれていた頃には、仕事とは、体力に秀でた若い男性が気合と根性でなすものでした。多少、頭が悪くても、何とか誤魔化しがききました。

 しかし、インフォスフィアこそが現実と呼ばれるようになると、情報処理能力の欠如は、それだけで回復不能の致命的な弱点となります。これからの時代に活躍するためには、いわゆる「頭の良さ」は絶対条件です。

 おそらく、中卒で丁稚奉公を始めたような、泥臭い中小企業の社長では、愛すべき存在ではありますが、世の中の変化に対応できないでしょう。思うに、相次ぐ中小企業の倒産は、単に「不景気」ということだけではありません。

 インフォスフィアをどう生きるか。ただし、人類にとって未踏の境域故に、答えは未だ霧の中でしょう。

   追記.以上、『ニューズウィーク』の「クラウド特集」に触発されて書いてみました。

山田宏哉記
 
 2009.10.24
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