ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2342)

 ゴースト・イン・ザ・ライフ

 「幽霊(ゴースト)は存在するか?」とか言い出したら、遂に発狂したと思われるのがオチかもしれません。しかし、幽霊と名付けても構わないものならば存在します。

 それは「あり得た可能性としての自分」です。小林秀雄が「様々なる意匠」で言及したあれです。端的に言えば、「あの時、こうしていれば、今頃こうなっていただろう」という時の自分です。

 それは幽霊のように当人に付きまとい、当惑するような言葉を吐き続けます。

 人生の決定的場面で、僕は判断・選択ミスをしたかもしれません。失敗とは言わないまでも、よりよい選択はありえたことでしょう。

 その意味で、幽霊は、人間の後悔という感情を餌として生きています。

 僕にせよ、時々、ゴーストが囁きます。特に完全燃焼できなかった過去の局面に対して、「もし、完全燃焼できていたならば…」という思いが浮かぶのは、どうしようもありません。振り払おうとしても、つきまとってきます。

 意識の次元で、「そんなことは考えても無意味だ」と言おうと、それは幽霊なので思考の対象ではありません。

 そういうわけで、僕たちは自分の中にゴーストを引き受けて、生きていくしかありません。自らが作り出した幻影に、自ら苦しめられる。

 でも、案外それが、"人間らしさ"の正体なのかもしれません。

   追記.ちなみに、念写とか心霊写真とか前世には、全く興味がないのであしからず。

山田宏哉記
 
 2009.10.24
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