ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2352)

 【武蔵美探訪(1)】武蔵野美術大学への道

 本日11/1(日)、武蔵野美術大学の学園祭へ行ってきました。

 目当ては、文化系トークラジオLifeの出演者たちによる「平凡コンプレックス 美大で個性を考える」という討論会です。見方によっては、かなり痛い企画ですが、ふと学生特有の直球勝負の青臭さに触れてみたくなりました。

 週末、特に日曜は、あまり活動的なことはしないようにしています。土曜も大抵、会社や大学で色々やっているので、「日曜ぐらいゆっくり読書させてくれ」というのが本音です。

 ですので、今回のように、わざわざ大学の学園祭に足を運ぶのは、例外的なことです。

 武蔵野美術大学へ行くのは、初めてでした。大学時代、やろうと思えば武蔵美で授業を受けて、単位を取得することもできたのですが、そんな面倒くさいことをやろうとは思いませんでした。

 交通の便は、悪い場所に立地しています。

 一般的には、東京・国分寺駅から西武線に乗り換えて、「鷹の台」駅から徒歩20分です。あるいは、国分寺駅から武蔵美行きの直通バスも出ています。

 行ってみて初めて気が付いたことですが、武蔵美の周囲には、創価学園や朝鮮大学校などの施設が林立しているので要注意です。

 「間違えて入らないように」という意味での要注意であって、政治的に要注意とかそういう意味ではありません。

 しかし、武蔵美・創価学園・朝鮮大学校といったアウトサイダーのための学校がほとんど同じ場所にあるというのは、偶然にしてはできすぎています。

 学生は、やはりファッションにこだわりのある人が若干多いようでしたが、そうではない人も普通に存在するといった感じです。

 僕はずっと、美大生に対して、劣等感を抱いていたような気がします。

 普通科の進学校を卒業して、ちょっと名の知れた一般大学に進学した自分に対して、ずっと「好きなことを貫けなかった」という負い目を感じてきました。

 もちろん、美大に進学したからといって、表現で飯を食っていけるとは限りませんが、高校卒業の時点で、そのような選択をした彼らの方が、そのような選択をしなかった僕よりも筋を通していると思いました。いや、今でもそう思っています。

 学園祭の華やかな雰囲気とは裏腹に、そんなことを考えてさせられました。

   追記. 「平凡コンプレックス」の随感は次回以降に書いていきます。

山田宏哉記
 
 2009.11.1
 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ