ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2364)

 あの頃の未来、それは現在

 高校時代、「サラリーマンにだけはなりたくない」と思っていました。だからこそ、「ミュージシャンかモノカキにならなければならない」と強迫観念に近い思いがありました。

 10代半ばから、時間に対する切迫感は人一倍強かったと思います。いつも、「時間との闘いだ」と思い定めて、研鑽を積み重ねてきました。

 その結果が今です。時間との戦いには、負けました。

 あの頃の僕が、今の僕を見て、「それでも、努力は報われる」と判断するか、「やっぱり、努力は報われない」と判断するかは、かなり微妙なところです。

 それまでまだ、自分はサラリーマンではなく、実務家であり、ビジネスパーソンであるという自負は、強く持っています。

 自分がウェブサイトを持つようになって、かつて抱いた「理想的な将来像」というものが、根本から覆ってしまったような気がします。

 大学院時代、就職するという決断をした後も、「就職しても、博士課程に通って、週末は拳法の稽古をして、週末は雑誌の編集記者としても活動する」ということを、本気で考えていました。

 まさか、平日には会社の業務だけで疲れ果てて、余暇や週末は仕事関連の勉強で明け暮れることになるとは考えていませんでした。

 正直、自分はもっと優秀な人間だと思っていました。定時内にサクッと仕事を終えて、アフターファイブは研究に没頭し、論文を書いて業績を上げることくらい、簡単にできると思っていました。

 だから、2年前の僕が、今の僕を見たら、きっと失望すると思います。「あぁ、やっぱり就職するって、そういうことなんだ」という思いを拭い去れないでしょう。

 でも、一つだけ言えることがある。僕はまだ"あの頃の未来"を諦めてはいないということです。日々の仕事に追われて、形勢は不利だけれども、息を潜めて蜂起する時を待っています。

 "敵"は、制度であり、組織であり、国家であり、人の世を動かす広義の"システム"です。

 I kill our father.

 たとえ、"システム"に立ち向かっても敗れ去ることになろうとも、生きた証として傷跡くらいはつけてやります。それもまた、あの頃の未来。

   追記.さて、やがて来る"決着の刻"に備えようか。

山田宏哉記
 
 2009.11.7
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