ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2387)

 【知のOS】衝撃の『ブラック・スワン』

 今、ナシーム・ニコラス・タレブ(著)『ブラック・スワン』(ダイヤモンド社)を読んでいます。邦題には副題として「不確実性とリスクの本質」とあります。

 久しぶりに出会った知的にエキサイティングな本です。特に、人間の認識や思考の盲点に興味がある人ならば、是非とも読むべき本だと思います。

 ちなみに、著者は極めて博学で頭がいい。ですので、読者を選びます。ヒュームやモンテーニュと聞いて「誰それ?」と疑問に思う無教養人とか、因果関係や帰納法の基本的な理解に欠ける人には、読むのがきついかもしれません。

 重要な論点は色々とあるのですが、帰納法(「経験から学ぶ」ということ)の盲点について記しておきましょう。

 牛(本書では「七面鳥」を例に説明)がいる。その牛は、飼い主から餌をもらい、可愛がってもらっている。そんな日々が何年も続く。

 牛はいつしか「自分は恵まれた境遇にある」と信じ、昨日と同じ今日、今日と同じ明日がいつまでも続くと思い込む。経験から学べば、確かにそうなります。

 ところが、牛にはある日、"思いがけないこと"が起きる。

 牛は哀れにもトラックで品川屠場に運び込まれ、眉間にスタンガンのようなものを打ち込まれ、ワイヤーで串刺しにされ、刃物で頚動脈を切り裂かれ…(中略)…最後にはバラバラに切り刻まれ、人間様の餌と化すのです。

 この牛には、何が欠けていたか。ゲシュタルト(全体像)の把握能力です。

 「人間は家畜として牛を飼い慣らし、最後には出荷して食肉として解体する」という構造が見えていれば、この牛も「自分は恵まれた境遇にある」などとは思わなかったでしょう。

 そして、「餌をもらえる」という自分にとって都合のいい素材だけを判断材料にして、「最近、あの牛を見かけなくなったなぁ」という都合の情報を無視したことも敗因(?)のひとつでしょう。

 牛に限った話ではありません。

 大抵の人間は、目の前に見えているものしか意識に上らないし、抽象的に思考することができません。平たく言えば「頭のできが悪い」ということです。

 ですので、「物事を具体化(簡略化)する」というのは、所詮は一般大衆向けのパフォーマンスです。

 政治家は、ダムとか公民館とか、必ず「眼に見えるもの」を作りたがります。例えば、教育に投資するよりも、成果が見えやすいからです。

 「いずれ日本のどこかで震度8以上の地震が起きる確率」と「今後10年以内に、東京で震度8の地震が起き、死者が1,000人以上出る確率」を比較したとき、「後者の確率の方が高そうだ」と判断する人は、案外いるようです。

 命題を具体化すると、無意味に説得力が増します。だから庶民は騙される。これは人間の認識構造の盲点です。

 だからこそ(という接続詞の使い方もここでは説得力を増すためのパフォーマンスですが)、優秀な頭脳の持ち主は大抵、抽象度が高い、つまり汎用性の高い思考をしています。

 本書には上記のようなスリリングな話が満ち溢れています。いやはや、まさに"知の宝庫"とでも言うべきでしょう。

   追記. このところ体調が優れないので、電車の中で原稿を書く代わりに本書を読んでいました。

山田宏哉記
 
 2009.11.29
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