ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2395)

 蹉跌の折の処し方

 ピロウズの山中さわおさんのポッドキャストで、ありきたりなのに印象に残ることがありました。

 女性からの相談で、「職場の先輩から告白されて断ったら、仕事をするのに気まずい雰囲気になった」というものがありました。

 この相談に対する山中さんの回答は、「断られた方はもっと気を使えよ。勝手に告白して、断られたからいじけるような奴は迷惑だ」というものです。

 「よくぞ、言った」と思う。同時に我が身を振り返ると、どこか思い当たる節があって、耳が痛い。

 自己憐憫にひたることで、他者の注意を引こうとするのは、おそらくは僕も無意識にやっています。あまり露骨にやらないから目立たないだけです。

 単純な話、告白されて拒絶した側が、相手に気を使わなければならないというのは、おかしな話です。しかも、断る側というのは、もともと逆恨みされたり、悪役になりやすい。

 職場でこれをやられたら、相当に面倒です。告白された側が仕事を辞めざるを得なくなったら、それこそ洒落になりません。

 やはり人間、窮地に立ったときこそ、真価が問われます。

 人生の様々な局面で、希望は叶わないことばかりです。断られても、「そうですか、残念です」とか言ったら、敗因を分析して、悔しがって、もう終わり。

 次の瞬間から(少なくとも表面的には)サバサバするのは、大人のマナーです。

 自分が他人から評価されなかったとき、いじける人は、自分に自信を持っていません。それが彼の小者ぶりを端的にあらわしています。

 やはり、時に「相手に見る目がなかった」と言い切るだけの自分への確信は、必要だと思います。

 断られても、堂々としている。それがひとつの美学でしょう。でも、不思議とそういう人は、あまり断られないような気がします。

 追記. もっと、弱者は強者に道をゆずりましょう。

山田宏哉記
 
 2009.12.3
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