ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2400)

 「死んだら終わり」の人生論

 社会人になってからというもの、随分と身体に悪い生活を送ってきました。

 強度のストレス、睡眠不足、飲み会といった直接的に身体に害をなすものから、運動不足や食生活の偏りといった生活習慣上の問題もあります。精神的にもゆとりのある生活を送ってきたとは言えません。

 仕事を覚えるためには、ある程度、仕方がなかったと思います。

 しかし本質的なことは、あくまで「死んだら終わり」だという身も蓋もない事実です。会社や裁判所が過労死を認めようが、認めまいが、それはあまり本質的な問題ではありません。

 さて、20〜30代の成人男子ならば、最も死ぬリスクが高いのは"自殺"でしょう。これは一種の文明病です。

 思うに、「会社に行きたくない」とか「仕事をしたくない」という理由で自殺するのは、バカげたことです。そんなに嫌なら、会社を辞めればいいだけの話です。自分の生命と引き換えに考えるような問題ではありません。

 ところが、当人にとっては、そうは思えない。それが、この問題の怖いところです。

 組織で働いていると、どうしても視野が狭くなりがちです。世の中のことに関心を失っても、特に支障はありません。

 組織全体のことを考えられたらまだいい方で、ややもすると、自分のセクションのことしか見えなくなります。

 あまり気分はよくないでしょうが、普段から自分が落ちぶれたときのことを考えておいた方が、自殺に対するリスクヘッジにはなります。そして、基礎体力を維持すべく、身体にいい生活を送ることです。

 普通、会社を解雇されたり、犯罪行為に走って警察に逮捕されたり、重大な身体障害を抱えることになったら、「人生、もう終わりだ」と思いがちです。それでもやはり、自殺するほどのことではありません。

 仮に、路上や刑務所や病院で暮らすことになったとしても、しぶとく生き延びることが最優先です。そんな境遇に陥った自分をリアルに想像することができたなら、今の自分が置かれた環境に感謝の気持ちが沸いてくるのではないでしょうか。

 他人より、収入が多いとか少ないとか、評価が高いとか低いとかは、所詮は、ゲームみたいなものです。  

 ただし実際上の問題は、例えば通勤電車にダイヴする人は、熟慮の末に飛び込むのか、フラッと突発的に飛び込むのか、ということです。もし自分が自殺するとしたら、どちらのタイプかを知っておくことは重要です。

 理屈で自殺を思いとどまることができるなら、話は簡単です。

 しかし何も考えず、何となく倦怠感に襲われて、フラッと突発的に電車に飛び込むのは防ぐことはできません。

 もし自分がそういう型の人間だとするなら、「電車通勤をやめる」とか「身の回りに薬物や刃物を置かない」とか、物理的に自殺につながる環境をシャットアウトする必要があるでしょう。

 「生きてりゃいいことあるさ」とは言わないが、確実に言えるのは「人間、死んだら終わり」だということです。

 追記.社会的生存よりも、生物としての生存を優先する。日々の生活の中で、ついつい忘れがちなことです。

山田宏哉記
 
 2009.12.7
 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ