ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2402)

 "外気に触れている"という実感

 最近、平日は職場と自宅を往復するだけの生活を送っています。睡眠時間を確保できるという意味ではよいですが、これだけでは結構、精神的につらいものがあります。

 先日は、飲み会があった関係で少し遠出することになったので、よい気分転換になりました。

 学生時代、自分は社会のアウトサイダーだという自覚がありました。圧倒的に自由でした。

 今は、基本的にインサイダーです。どちらも一長一短でしょうが、責任が重くて息苦しいのは、後者の方です。

 おそらくは、"外気に触れている"という実感が足りないのだと思います。それでいて、日々の生活は随分とタフです。

 1990年代、漠然とした倦怠感を表現して、「同じような毎日が続くだけ」ということが言われていた記憶があります。

 ただし今は、それは退屈な日常というより、過酷な緊張を強いられる"戦場の日々"が延々と続くようなイメージです。

 「どうすればいいのか」と言われても、具体的な名案があるわけでもありません。安定的に収入を確保するためには、今は勤労所得に頼るしかありません。

 「知恵と才能が足りない」と言われれば、その通りです。

 それでも、そろそろ今の生活から抜け出して、外気に触れるために、、"備える"ということが必要な時期かもしれません。

 追記.「社会人になってからが本当の戦いだ」という言葉が身に沁みる今日この頃です。

山田宏哉記
 
 2009.12.9
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