ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2406)

 【知のOS】脱リアルタイム志向

 結論から言うと、マスコミ関係者以外、基本的に日々のニュースはフォローする必要がありません。ノイズ(雑音)がほとんどだからです。

 個人として現代社会を生きる上で必要なのは、年単位以上のタイムスパンで世の中を見ることです。せいぜいが月単位です。それ以上に細かく、政治経済のマスコミ報道をフォローするのは、趣味の世界です。

 趣味と自覚していればいいのですが、「毎日、新聞を読み、TVとウェブのニュースをチェックし、さらにそれを解説するブログや掲示板に眼を通す」ということが、"現代人の使命"だと本気で思っているなら、病は深刻です。

 よく「マスコミ報道を鵜呑みにするのではなく、自分の頭で複眼的に考え…云々」ということが"メディア・リテラシー"だと言われます。

 また、あるメディアに関して、「報道姿勢が"政治的に偏向"していて…云々」ということも、割とよく言われます。

 確かにその通りなのでしょう。しかし、問題の核心はここにはありません。

 本当に討つべきは、「リアルタイムでマスコミ報道を追いかけなければならない」という脅迫観念そのものです。

 どのマスコミも、「総理大臣が○○と言った」とか「アメリカの経済成長率が○%と発表された」といった雑音(ノイズ)を1分1秒でも速く報道することが自らの使命だと信じて疑わない。

 また、それが国民のためになると信じて疑わない。

 これは、本当かね。少なくとも、こういうマスコミ報道を日々フォローすることが、自分の生活をどれだけ豊かにするか、よく精査した方がいい。僕は、"所詮はエンターテイメント"だと思います。

 もちろん、僕も新聞記事を参考にはします。ただし、基本的には日経4紙の有料データベースからバックナンバーを検索して利用するというスタイルを取っています。

 経験から言って、リアルタイムでマスコミ報道を追うより、この方が遥かに生産的です。

 特にTVは視聴率に縛られます。視聴率というのは、「どれだけの人がリアルタイムで視聴しているか」で計測されます。

 だから、過度にリアルタイム志向で、実況中継が重視され、しかも「人々はリアルタイムで情報(実際には"ジャンク情報")を摂取するべきだ」という価値観を暗黙裡に押し付けてきます。これは洗脳です。

 そして、この状況を「現代は情報が多すぎる」と言うのは、笑止です。実際はノイズに踊らされているだけです。情勢判断のために必要な核心的な情報は常に不足しています。

 繰り返しますが、本当に日々のニュースはリアルタイムでフォローする必要があるのでしょうか。「ない」というのが、僕の結論です。

 より大きな話をするなら、今こそ、"リアルタイム性そのもの"に背を向けるべき時です。

 追記. はい、これで僕にTV局から出演依頼が来る可能性がなくなりました。はい、ありがとうございました。

山田宏哉記
 
 2009.12.13
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