ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2408)

 情報に強い人、弱い人

 大前提の話をすると、「情報が多過ぎる」ということはまずありません。適切な行動を取るために必要な情報は、常に不足しています。

 だからこそ、僕たちはベストの行動を取ることができません。限られた情報を元に判断をして、ベターな行動を取り続けることだけです。

 情報を処理し切れない人がいます。この場合、問題は当人の情報処理能力なり、知的能力の低さにあるのであって、情報の方に問題があるわけではありません。

 株式市場では、インサイダー情報を元にした株の売買が厳しく監視されています。

 市場は、「完全な情報を持っている個人(組織)は存在しない」ことを前提に成立します。誰しも、不完全な情報を元に、未来を予測するしかありません。

 それでも一般に、より多くの情報を持っている人は、より多くの収入を手にすることができるのは、厳然とした事実です。

 もっとも、実務の世界では、情報は時間と切っても切れない関係にあります。

 100の情報を手にするとして、それを30分で入手したのか、3時間で入手したのかでは、意味が全く異なります。

 同じ時間をかけるならば、より多くの情報を入手することが必要です。

 同じ情報を手にするなら、より短い時間で入手することが必要です。

 より短時間で、より大量の情報を処理できる人ほど、実務の世界では優秀とされ、より多くの報酬を手にすることになります。これは、素朴な実感とも合致するのではないでしょうか。

 そして情報戦になったときには、情報の絶対量よりも、相手と比べて自分の持つ情報量が多いか、少ないか、という相対的な情報量の方が、モノを言うことになります。

 仮に、時間の流れを止めることができるとして、人々が止まっている間に、自由に動き回ることができるとしたら、誰でも大金持ちになることができるでしょう。

 情報とはそういうものです。

   追記. 今日もまた、情報弱者たちが「情報が多過ぎる」と寝言を言っています。

山田宏哉記
 
 2009.12.15
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