ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2410)

 ロックスターの進路相談

 ザ・ピロウズの山中さわおさんが、ポッドキャストで以下のような趣旨の相談に答えていました。

 「高校を辞めて、通信制の高校を卒業して、自分のやりたいことをやりたいのですが、どう思いますか?」

 これは意外とやっかいな相談です。なぜなら、山中さわおさんは、ロックスターだからです。

 「今の時分、高校ぐらい普通に卒業しておかないと、就職で苦労することになって…」というのは、事実認識として間違っているとは言えません。しかし、これでは親や先生の言うことと変わらない。

 間違ってもロックスターの言う台詞ではありません。

 かといって、「高校なんて辞めてしまえばいい。自分らしく生きることが大切なんだ」では、あまりにも無責任です。

 山中さんの答えは、(僕の記憶では)以下のような趣旨のものでした。

 「もし、自尊心を傷つけられるようなことがあるのなら、無理して高校に行く必要はないと思う」

 「ただし、人生を歩んでいく中で、いつかは他人と関わっていかなくてはいけない。そして、"壁"を越えなくてはいけない時がやってくる。そのことは覚えておいて欲しい」

 建前では、このような言葉は出てこない。正直、僕はこの倫理性の高さに感動を覚えました。このやり取りだけで、山中さわおさんが、本物のロックスターであると言ってもいいと思います。

 野暮ながら解説すると、「逃げる」というのは癖になる。そして、自分に言い訳をして、逃げることを正当化するようになる。これは、社会生活を営む上で致命的です。

 若い時、苦しい境遇のときに「立ち向かったか、逃亡したか」という岐路は、その後の人生に多大な影響を与えます。

 肝心な場面で逃げた人には、それなりの社会的制裁が下ります。

 例えば、人間関係が煩わしいという理由で学校を辞める人は、同じ理由で会社も辞めるでしょう。そういう人に重要な仕事を任せるわけにはいきません。

 だから、就職するにしても、幹部候補として採用されるということがない。雇用されるとしても、あくまで代替と切り捨てが可能な"フレキシブル人材"としてです。

 20歳を過ぎて、自らの不遇を嘆くなら、「これまで苦しい境遇のときに、立ち向かってきたか、逃亡してしたか」を静かに問うべきでしょう。

 僕は肝心な場面では、逃げなかったと思う。ただし、細かいことでは自分を甘やかすことも多い。この程度でも、相当の制裁を受けます。

 だからこそ、肝心な場面で「逃亡」してきた人は、相当に悲惨なことになっていると思います。

 「逃げる」ことを正当化しない。手柄はなるべく他人に譲り、自分は損な役を引き受ける。

 これさえ忘れなければ、たぶん一人前の大人になることができるでしょう。

 追記. 「逃げる」という選択のしすぎで君は信用を失った。そして、誰にも相手にされなくなった。

山田宏哉記
 
 2009.12.18
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