ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2414)

 【実務家の批評】相対エリートであること

 波頭亮(著)『就活の法則』(講談社)を読みました。この中で"相対エリート"という極めて戦略的な考え方が提示されています。

 "鶏口牛後"という格言があります。「一流の集団のビリに位置するよりも、二流の集団のトップになった方がよい」という意味です。

 とはいえ、現実にはこれは建前だと思われています。受験勉強において、2つの学校に合格した場合、大抵は、偏差値の高い学校を選択することになります。

 特に大学受験においては、合格最低点でもいいから、少しでもネームバリューのある大学に滑り込むことが受験の必勝法のように言われます。この認識は、間違っていない。

 しかし、ビジネスパーソンとして活躍することを考えた場合、このような"合格最低点で潜り込む"という発想は、かえって徒になります。

 組織で快適に働く上で、自分がその組織の実力上位層にいるか、実力下位層にいるかは、決定的に重要なことです。これは社会人なら誰でもわかっていることですが、学生にはなかなかわからないところです。

 大学では、成績上位者に対する扱いと、成績下位者に対する扱いに対して違いはありません。しかし、ビジネスの世界での成績不良は、即、処遇として跳ね返ってきます。

 「給料泥棒」と陰口を叩かれながら、仕事を与えられず、組織の中で実力下位層としてふきだまるのは、それだけで身体と精神に異常をきたすほどのストレスになります。

 誰もが羨むような一流企業にも、実力を発揮する機会にも恵まれない下位層が存在します。中堅企業であれば、幹部候補生として大切にされたであろう人材の無駄使いです。

 だからこそ、業界一番手の企業に実力下位層として入社するよりも、業界二番手の企業に実力上位層として入社する方が、おそらく本人にとってよりよい選択です。

 しかし、現実にはこれができる人はほとんどいません。

 両方の企業から内定をもらった場合、どうしても見栄や世間体に縛られて、より入社が難しいと思われる企業を選択してしまうでしょう。

 それが間違いの元なのですが、きっと波頭さんの考え方は大半の就活学生には届かないでしょう。

 やはり人間、自分で失敗して痛い目に遭わないと、気が付かないものなのです。

 追記. 波頭亮さんの著作は全冊読むことにしよう。

山田宏哉記
 
 2009.12.19
 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ