ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2417)

 若者よ、別に働かなくていいかも

 連日のように就職活動の内定率が低いということが話題になっています。

 大学4年生にとってみれば、メディア報道を真に受けて「この機会に正社員として就職しなければ、非正規雇用の貧困労働者にならざるを得ない」みたいな脅迫観念を抱いているかもしれません。

 これは格好いい生き方ではない。

 天啓のような無責任発言ですが、一生、年収300万円未満だろうと、衣食住さえ保証されていれば、別に困ることはないのではないでしょうか。

 ウェブ上のソフトウェアが無料化しているように、将来、最低限の衣食住は無料で提供されるようになれば、人類は労働から解放されます。

 そのとき、それでも働きたい人は働けばいいし、働きたくない人は働かなくてもいい。それは、素晴らしい未来像でしょう。

 どうすれば政策的に実現できるかは、知りません。

 ただ、若者の多くに「就職先がない」というのは、大きな視点から見れば、「大半の若者は別に働かなくもいい」ということです。

 IT化と機会化によって、人類は過酷な単純作業から解放されました。人間がするメインの仕事は、分析や意志決定に移ってきています。

 ところが誰でも気付くように、企業の経営に関わる分析や意志決定は、一部の知的エリートがやればいいことです。企業はもう、凡人を必要としません。

 これだけ物資が豊かな世界になりながら、それでも働く時間が減らないのは、人間が「競争」をするからです。他人を打ち負かすためなら、努力を惜しまないからです。

 そんな競争から、降りてしまうのもありでしょう。

 君は「働かなくては生きていけない」と思っている。現実には違う。厳密には、「働かなくては、他人よりも贅沢な生活ができない」というのが真実です。

 毎日5時間アルバイトをやって、月収10万円、年収120万円でも、生活を切り詰めればやっていけるでしょう。海外で生活するなら、さらに楽になります。

 同い年の一流企業の正社員が年収500万円なのに、自分の年収が120万円だったら、惨めな気分になるかもしれません。

 なぜ、惨めに感じるか。それは「比較」をするからで、特に男は「優劣」をつけたがるからです。

 そうやって、見栄を張ったり、世間体を張ったりすることが、結局は自分の首を絞めることになります。

 一生、年収120万円だとしても、自分の人生と生活に納得がいくなら、それで構わないじゃないか。

 開き直ってしまおう。君は社会から必要とされていない。物価下落で、カネも少しあるだけで生きていける。だから、もう無理に働く必要もない。

 さぁ、人生は一度きり。あぅあぅあぅ、無駄なプライドは捨てて、アルバイトで遊ぶ金を稼いで、遊んで暮らそうじゃないか。

 追記. もっとも僕自身は、実務家として競争社会に生きますけれどもね。

山田宏哉記
 
 2009.12.19
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