ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2420)

 【不労所得論】マニュアル・レイバー諸君!

 グーグル・アドセンスからの収益を僕の銀行口座に移しました。

 さて現状での収入は、お小遣いの範囲内の金額ですが、これが本業からの収入を上回るようになれば、もう誰もバカにすることはできなくなるでしょう。

 広告収入というのは、不労所得です。僕が設計したウェブサイトが勝手に稼いでくれたに過ぎません。

 ですので毎日、会社に出勤して汗水垂らして働いて稼いだカネとは質が違います。

 「悪銭、身につかず」と言いたいわけではありません。むしろ、逆です。別に、働かなくても生活していくことができるようになれば、精神的にも物質的にも、随分とゆとりが生まれると思うわけです。

 「働きたくないけど、生活のために働かなくてはならない」というのは、意に反した人生と言えるでしょう。それでいて、従事するのが薄給激務のマニュアル・レイバー(単純労働者)では救いがありません。

 なにより、お金を稼ぐのに生身の身体を必要とするのは、リスクが高いことです。身体を壊したり、精神疾患を抱えて、働くことができなくなったら、収入が途絶えます。

 何が起こるかは、誰もわかりません。組織で働くことによるストレスが健康に悪影響を与えるかもしれません。明日、暴漢に襲われたり、交通事故に遭ったりして、半身不随になるかもしれません。

 不労所得だけでも生活していくことができるなら、少なくとも「働けなくなるかもしれない」という不安からは解放されます。そして、この精神的なゆとりは、この現代社会にあっては、何にも代え難い貴重なものです。

 むろん、僕は実務家として組織でバリバリと働き、高報酬を得るということを否定するわけではありません。ただし、それだけでは不十分という話です。

 むしろ、組織で活躍して、権力闘争を勝ち抜き、圧倒的な成果を出すくらいの能力がなければ、収入を複線化することは困難だと思います。

 経済強者の条件は、高額の収入源を複数確保して、リスクヘッジしていることです。これが僕たちが目指すべき場所です。

 マニュアル・レイバー諸君! 勤務先からの低賃金が唯一の収入源というのでは、さすがに心許ないのではないでしょうか。

 追記. そして不労所得の中でも、"広告収入"はローリスク・ハイリターンの代表格のひとつのように思います。

山田宏哉記
 
 2009.12.27
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