ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2421)

 【実務家の批評】「頭を使う仕事」について

    就職する以前の学生であれば、おそらく「頭を使う仕事」をしたいと思うでしょう。特にこの傾向は、高偏差値の大学に通う学生に顕著だと思います。

 実際に実務に携わるようになると、「頭を使う仕事」がやたら疲労するということに気付くはずです。

 特にマニュアルを一読しても理解できなくて、「頭を使う」とか、税金や簿記の仕組みを勉強するといったことは、頭痛の原因になるくらいです。

 それに比べれば、既に経験があって、「何も考えずにできる仕事」の方がありがたい。

 解決方法が見えている仕事であれば、ボリュームが多くても何とかなります。

 対して、解決方法が見えないと、ゴール地点が不明な陸上競技のようなもので、ストレスが過多になります。

 殊更、学生のうちは「頭を使う仕事をしたい」などと言う必要はないと思います。企業にホワイトカラーの基幹人材として採用されれば、嫌でも脳がヘロヘロになります。

 実務水準で言う「頭を使う」というのは、相当に負荷の高いことです。

 単純に「生活を稼ぐため」と割り切るならば、おそらくマニュアル・レイバーの方が精神的には楽です。

 「モップで床を磨く」とか「エスカレーターを拭く」とか、そういう作業であれば、勤務時間中にも対社会戦略を練ることができます。

 これが企画を立案したり、統計を作成したり、ビジネス文書を書いたりとなると、他のことを考える余裕はなくなります。

 あるいは「頭を使う仕事」となれば、睡眠時間も多めにとらないといけません。

 さらに「頭を使う仕事」は知的プロフェッショナル同士で競争が激しく、しかも知能指数や適性のようなものは、努力だけでは逆転不能です。

 見栄のような部分も必要で、戦略コンサルタントの学歴が日東駒専だったら、それだけでハンディになります。

 実際は、悩みで夜眠れなかったり、激しい頭痛に襲われたり、発狂しそうになったりというのが、リアルな日常ではないかと思います。

 というわけで、「頭を使う仕事」に従事さえすれば、「やりがいが爆発」するというのは大いなる幻想です。

 追記. 僕もなるべく、「思考停止」したいものです。

山田宏哉記
 
 2009.12.29
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