ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2429)

 今こそ言うぞ、「身の程を知れ」

 人間には、能力に基づく"器"というか"格"というものがあります。

 自分を客観的に見るというのは、なかなか難しいものです。将来のことを考えること自体が嫌な人も、少なくないでしょう。

 他人のことなら、案外、冷静に評価できるものです。それでも、他人に対しても「身の程を知れ」とはなかなか言いづらいものです。

 さて、収入源の分散化や投資の話をすると、大抵、勘違いする人が出てきます。本業に身が入らなくなるのです。

 「組織の中で自分の居場所を確保して、高いパフォーマンスを上げる」というのは、ある意味、「できて、当たり前」のことです。

 この部分で躓いている人が、「副収入」とか「投資で不労所得を得る」とか考えると、大体、碌なことがありません。

 才覚や能力の欠如を自覚している人は、汗水流して組織に「滅私奉公」をするのが、結局、最も合理的だと思います。

 今は、企業に対して忠誠心を持つような従業員は減少傾向にあるので、愚直な精神の持ち主は、歓迎されるでしょう。マニュアル・レイバー(単純労働者)なら尚更です。

 非才のマニュアル・レイバーに最も必要とされる資質は、命令されたことに愚直に従う"素直さ"です。

 現状に不満や疑問を抱かず、馬車馬のように身を粉にして働くことが、マニュアル・レイバーとして生き残る条件です。

 社会的な出来事に関して、何か意見や見識を持つ必要もありません。日経新聞を読む必要もありません。日々のニュースをフォローする必要もありません。おそらく、あなたの意見や考えなど、誰も興味がありません。

 そんな暇があるのなら、挨拶の練習でもをした方がよほど生産的です。小賢しい知恵を身につけたところで、有害無益です。

 公共性の高い問題は、「もっと頭のいい人」が考えます。残酷なようですが、これは本当です。

 例えば、今や個人ブログの大半は、「友達だから」とかそういう理由以外では、無料でも誰にも読まれないわけです。

 コンテンツの内容や情報密度によって、自主的に読んでもらえる記事なり原稿というのは、誰にでも書けるわけではありません。僕は、8年間、ウェブを運営しているので、そういうことがわかっている方だと思います。

 「地球環境問題は私たち1人1人が考えるべきだ」というような言い方は建前です。

 能力に欠ける人は、ひたすら眼の前の自分の生活のことだけを考えていれば、充分です。それでも現実問題として、人並みに収入を得て、経済的に自立した生活を送ることは厳しいでしょう。

 人間の能力格差というのは、それほどまでにシビアです。今こそ言うぞ、「身の程を知れ」。

 言い方がきついなら言い換えます。「みなさん、各々の能力に見合った生活設計をしましょう! ポジティヴ思考で自己実現! 信じれば夢は叶います!」

 追記.もちろん僕自身は「身の程知らず」を貫きますけどね。

山田宏哉記
 
 2010.1.3
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