ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2432)

 【実務家の批評】戦略としての"先送り"

 「先送り」という言葉は、それだけでネガティヴなニュアンスを含んでいます。「今日できることを明日に延ばすな」という格言は、端的に先延ばしを戒めています。

 あるいは、「問題の先送りに過ぎない」というフレーズは、既存のマスメディアが政治を批判するときの常套句でもあります。

 ここで改めて問いたい。「(問題の)先送り」は本当にいけないことなのか。

 思うに、「先送り」あるいは「先延ばし」は人間にとってごく自然な習性です。

 何しろ、「生き延びる」というのは、言い換えれば「死の先送り」に他なりません。

 人間はどうせ死にます。「即断即決」を実行するなら、今すぐ死ぬべきでしょう。

 それでも、今すぐ死ぬのと、30年後に死ぬのでは、後者の方がいい。別にこれでいいのです。

 食料品でも、保存が効くものは食べるのを先延ばしし、賞味期限の短いものから食べていくのは鉄則です。おそらくこれは、仕事も一緒なのです。

 持久戦の秘訣は、「無理をしないこと」です。日々の生活の中でも、不急のタスクは、別に今日中にする必要はありません。

 徹夜で仕事をしても、翌日が使いものにならなければ、トータルではマイナスです。

 あるいは、企業間の取引では、「月末払い」が一般的です。さらに言えば、支払いはなるべく先延ばしするのが望ましいとされます。

 企業で働いているのに、本気で「今日できることは明日に延ばすな」と考えているなら、滑稽です。それは、「時間管理ができていない」と公言するに等しい。

 さらに言うなら、職場で「手持ち無沙汰」になるのは、何としても避けるべきです。

 その意味で、やるべきことは、常にこなしきれない程、抱えていた方がいい。そして、3個のお手玉を2本の手で回すように、不要不急のものはどんどん"先送り"する。

 僕たちには"先送り"を戦略として用いるという発想が必要なのではないでしょうか。

 追記. 以上のようなことは、密かに実践することであって、あまり公言することではありません。念のため。

山田宏哉記
 
 2010.1.3
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