ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2440)

 【敗北人生論】脳の基本性能格差

 偏見からもしれませんが、僕が純粋に「頭の回転が速い」とか「勉強しても、追いつけない」と感じる日本の著名人は、東大卒がほとんどです。

 反面、母校(早大)出身の著名人は、さほど僕と脳の基本性能が変わらないような気がします。知識量の多い人や分析が鋭い人はいますが、どこか「勉強すれば追いつけそうだ」と思わせます。

 中学時代、やたら頭の切れる生徒がいました。K君としておきましょう。

 K君は大抵、テストの成績で学年130人中、1位だったと記憶しています。僕の成績は学年で5〜10位くらいで、模試の偏差値は70くらいでした。

 学校の勉強で、K君に勝てるような気がしませんでした。

 おそらく、K君は東大に進学することになり、僕は早稲田あたりに行くことになるのだろう。そんな風に思っていたら、実際その通りになりました。

 また、高校受験の時、僕は偏差値65〜70クラスの私立高校の問題は楽勝で合格点が取れましたが、開成高校を初めとする一流高校の入試問題には、ほとんど歯が立ちませんでした。今の今でも、合格点はとれないと思います。

 僕は直感的に「脳の基本性能には格差がある」ということに気付いていました。しかも、その格差は12歳頃までは決まってしまい、その後、逆転するのは不可能に近いものがあります。

 これは極めて残酷な事実です。社会通念場、あまり声を大にして言うことではありませんが、さして努力もせずに成績優秀者だった者ならば、大半が黙って頷く事項でしょう。

 もちろん、誰でも知識を詰め込むことはできます。しかし、「知っている」「知らない」ということは、大した問題ではありません。こういうことであれば、「勉強すれば、追いつける」。

 ここで問題にしているのは、もっと思考と認識の基底部分に関わる知的能力差のことです。そしてそれは案外、中学時代の学力と相関関係があるというのが恐ろしいところです。

 中学時代の僕の成績が学年130人中5〜10位で、偏差値が70前後と書いても、ありきたり別に驚く人はいないでしょう。その後、偏差値70くらいの公立校に進学して、早稲田大学に入学したと書いても、特に意外性はないでしょう。

 個人的に僕を知らなくても、書かれた文章の断片から、思考の緻密さ、鋭さ、知能水準等は、大体、想像がつくものです。

 風の噂で、K君は国家公務員擬錣了邯海帽膤覆靴討匹海の省庁に入ったという話を聞きました。

 そして、中学時代の学力が低かった人々は、今、大変な苦境を味わっています。まっとうに就職できていれば上出来で、新興宗教に洗脳されてオルグ(新規信者勧誘)に駆けずり回っている人もいます。

 これを思うにつけ、基本的な勝敗は、既に12歳の時点で決していたのではないかと感じさせられます。

 追記. もちろん、あるイベントの意味は、未来から遡及的に決定されるもので、当時としてはこんなことは知る由もありませんでした。

山田宏哉記
 
 2010.1.16
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