ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2452)

 働いて稼いだカネは尊いか?

 今ここに、"汗水流して働いて稼いで貯めた100万円"と"投資で稼いだ100万円"があったとします。さて、それぞれどのように使うでしょうか。

 おそらく、多くの人が働いて稼いだカネは慎重かつ堅実に使い、投資で稼いだカネは大胆かつ豪遊的に使うことになるでしょう。その考え方をひと言で言えば、「悪銭身につかず」というものです。

 そんな彼らを愚者という。

 合法的に得たお金である限り、お金そのものに貴賎はありません。"汗水流して働いて稼いで貯めた100万円"も"投資で稼いだ100万円"も、あくまで等価です。

 合理的に考えれば、一定の金額をどのような手段で得たにせよ、お金の使い道は同じであるべきです。

 日本的なサラリーマンの行動様式では、給与所得を過度に堅実に使い、年2回の賞与でパーッと散財するのが、ある意味、典型的なお金の使い方でした。

 だから、裕福になれない。

 毎月の給与はもっと大胆に使うべきだし、賞与はもっと慎重に使うべきです。今、自分に必要なものが何かということがわかっていれば、自然とそうなるはずです。

 さて、勤労所得も投資の収益もおカネとして等価だというと、非倫理的に聞こえるかもしれません。ただ、必ずしもそうは言えないと思います。

 例えば、会社の接待費でならば銀座のクラブに行くけれども、自分のポケットマネーでは決して行かない、というような人がいます。

 彼はきっと「働いて稼いだカネは尊い」と信じて疑わないでしょう。

 だから、会社の接待費のような"あぶく銭"であれば遊興するけれども、貴重な勤労所得からは決してそのような支出をしない。さて、彼が倫理的かと言えば、むしろ下衆な部類に入るでしょう。

 僕は近い将来、余剰資金のすべてを海外の株式(インデックス・ファンド)に投資するつもりでいます。日本の将来は暗いですが、人類の未来は明るい。

 合理的に考えて、リスクを押さえて、リターンを最大化するにはこれがベストだと僕は判断しています。

 しかし、ほとんどの人はできないでしょう。自分のお金に思い入れが強いからです。元本割を過度に恐れるから、銀行の定期預金に預けたり、せいぜい国債を買って満足している。

 そういう人にとっては、全財産を海外株式で持つなど、狂気の沙汰でしょう。だからこそ、やる価値がある(他人には勧めないし、責任も取れません)。  

 誰しも程度の差はあれ、"一生懸命働いて稼いだカネ"という意識はあると思いますが、その思い入れが強すぎると、戦略的にお金を使うことができなくなってしまいます。

 追記.悪戦身につける。

山田宏哉記
 
 2010.2.8
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