ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2454)

 【実務家の批評】学校の勉強は実社会で役立たずか?

 "勉強"と"仕事"を二項対立的に捉えようとする人がいます。

 要するに「学校の勉強は社会では役に立たない」という考え方の人です。そしてその根拠は、「今の仕事では、英語も連立方程式どころか、政治経済の知識も必要ない」からだったりします。

 この手の意見は、無視するに限ります。

 実務に携わる人間にとって、「○○は必要ない」とか「○○は役に立たない」という考え方をするのは非常に危険です。自分の可能性を限定するだけだからです。

 極論すれば、タクシー・ドライバーが「社会に出たら、PC操作能力は必要ない」と言えばその通りかもしれない。

 ゴミ回収の清掃員が「社会に出たら、読み書きソロバンなんて必要ない」と言えば、その通りかもしれない。

 フランス外人部隊への入隊者が「社会に出たら、日本語を喋る必要はない」と言えば、その通りかもしれない。

 これから就職する学生が、これらの意見を真に受けたら、悲惨なことになるのは目に見えています。

 世界的に見ても、ホワイトカラーの基幹的な職種につこうと思ったら、既に修士卒が標準になりつつあります。

 僕自身、院卒で民間企業で働くのは珍しいかと思っていたら、周囲にゴロゴロしていて、驚きました。

 皮肉な言い方をすると、「学校の勉強は社会で通用しない」という考え方では、社会では通用しません。それは「自分はそのレベルの仕事しかできていない」という言明にしかなりません。

 要は、志の問題です。ビジネスの世界で生きるのであれ、アッパークラスに入るためには、徹底的な勉強が必要です。

 特に、言語表現や数学、心理学、政治経済歴史あたりの知識は、あればあるほど望ましいものです。

 追記.一週間ぶりの休日は、14時間睡眠でした。

山田宏哉記
 
 2010.2.11
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