ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2461)

 【入院日誌】看護士の適性

 入院していると、当然ながら、日常的に看護士と接するようになります。

 大方の看護士は、コミュニケーションが上手ということもあり、接していて気持ちがよいものです。しかし、中にはそうではない人もいます。

 僕が気付いたことは、「看護士には適性がある」ということです。そして、その"看護士の適性"というのは、それが欠如した看護士に接したときに、初めて気付くという性質のものです。

 言葉にすれば、適性とは「看護が好きであること」です。

 嫌々、仕事をしている人はすぐにわかります。

 特に失礼な言葉使いをするわけでもないし、淡々とマニュアルに従っているのですが、全身から「好きでこの仕事をしているわけではありません」というオーラを発しています。

 ほとんどの職種では、本人が好きで仕事をしていようが、嫌々仕事をしていようが、それは問題にするべきことではないでしょう。

 「カネのために働いている」という人はいくらでもいます。また、ほとんどの場合、それで差し支えはありません。

 しかし、看護士が嫌々仕事をしていると、それは入院患者にとって、実質的な不利益をもたらします。

 「看護士が嫌々仕事をしている感じ」は患者にとって、直接的にストレスになります。これは健康に対して、決してよいことではありません。

 患者は「具体的なわかりやすいミス」がない限り、病院側に対してクレームを入れるということもありません。不機嫌な看護士もそれをわかっていて、「ミスをしないように汲々とする」。そういう自己保身的な態度が、益々、患者の感情を苛立たせます。

 もっとも、看護の現場も色々と大変でしょう。ただ、「日本の医療現場は、看護士不足のままでいいのか」みたいな物言いをするのは、僕の役目ではありません。

 僕が言いたいのは、ごく個人的な体験に基づいたことです。やはり、看護士には「看護が好きであること」という点だけはお願いしたいと思います。

追記.以上、僕自身がトラブルメーカーであるということは、棚に上げて記しています。

山田宏哉記
 
 2010.2.26
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