ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2462)

 ある人生の残骸

 大学の高学年から、大学院時代にかけて、随分と熱心に身体を鍛えていました。

 武術とヨガに入れ込んでいました。高田馬場でひとり暮らしをして、アルバイトをして生活費を稼いで、大学の学業にもそれなりに取り組んでいました。

 また当時から、ウェブの製作と更新は日課になっていました。

 「自力で生活費を稼いでいる」ということは僕にとってささやかな誇りだったし、「ひとり暮らしをしている」ということは、自由の具体的なあり方のひとつでした。

 中国武術をやっていたため、"身体にいいこと"を常に心掛けていました。

 振り返れば、随分とストレスが強い生活だったと思います。ただ、大人の男というものは、他人の何倍も活動して、結果を残してこそ、その責を果たせると考えていました。

 当時は、同世代の人間が向上心を放棄し、"ぬるま湯"につかっているように見えました。

 自分をギリギリまで追い込むことが美徳だと信じてきました。

 そうやって生きてきた代償として、いまや身体が使い物にならなくなりました。身体を鍛えてきた割には皮肉な結果です。結果論で言えば、おそらく"ぬるま湯"につかっていた方がよかったのです。

 認めたくはないけれども、所詮、僕はこの程度の負荷でつぶれる人間だったということになります。口では一端のことを言う割に、具体的な身体はついてこれなかった。

 今年の1月から2月初頭にかけて、倒れたり、死んだりしなかったのは幸運でした。僕の体感では、検査を受けて即入院が決定したときには、状況はだいぶ改善していました。タイミングが間抜けでした。

 そして、何かが終わってしまった。あえて名付ければ"青春"みたいなものです。第一線で戦う兵士を引退する。

 退院しても、もうあまり無理をして生きることはできないでしょう。そしてどこかで、「それでもいいじゃないか」と思っている自分がいます。

 ははは、僕も歳をとったものです。

追記.入院なんぞしていると、時に感傷的になります。

山田宏哉記
 
 2010.2.27
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