ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2468)

 "TV老人社会"の興亡

 あまり老人の悪口を言いたくはないのですが、相変わらず同室の"TV老人"のマナーの悪さに辟易しています。

 1日中、リアルタイムでTVを観るしかすることがないくせに、入院規則を守らず、さらに看護婦を「おい」と呼びつけるなど、「一体、何様のつもりなのだろう」と感じざるを得ません。

 ここで、"TV老人"という用語をあえて定義すると、「生きる目標を失い、リアルタイムでTVを観るくらいしかするとこがない情報弱者」となります。実際の年齢は必ずしも関係ありません。

 病院のTVは1時間\100くらいですが、わざわざ高い金を払って、質の低い情報を入手しているところが哀れです。

 そして冷静に観察すれば、TV老人は、病院の中だけでなく、世の中のいたるところに溢れていることがわかります。まさに"TV老人社会"の到来です。

 まず、基本的な話をすると、もはやTV番組はリアルタイムで見るものではありません。そんなことをするのは、情報弱者だけです。

 NHKのドキュメンタリーのように、質の高い番組もあるので、僕も「TV番組を全く見るな」とは言いません。ただし、民放のほとんどの番組は、ゴミ同然です。

 人生における貴重な時間を、そんなゴミ番組を観ることに費やすTV老人は、紛れもなく現代の情報弱者です。

 そして重要なことは、TV老人は何も"新たに発生した"わけではなく、"時代に取り残されることで浮かび上がった"存在であるということです。

 ウェブがTVよりも優れた情報媒体であることは明白です。

 例えば、ウェブサイトを作成し、自分の原稿を掲載することを習慣にすれば、他者から評価してもらえますし、色々な方法で収入を得ることも見込めます。

 それに対して、"TVを見る"という習慣には、生産性がほとんどありません。TVを観たからといって何の自慢にもならないし、当然、お金にもなりません。

 要するにTV老人は、90年代以降、情報空間の主戦場がTVからウェブに移行した流れに乗ることができなかった人々です。

 では、彼らを救済する方法はあるのか。「ない」というのが、僕の率直な実感です。

 TV老人のさらなる悲劇は、自らが情報弱者だという自覚を欠いていることです。

 件のマナーの悪いTV老人も、まさか同室の若造から軽蔑され、デジタル原稿のネタにされ、ウェブで笑い者にされているとは、思いもよらないでしょう(ごめん、マナーが悪いのはむしろ僕の方でした)。

 そして、TV老人は、いずれ認知症の"TV廃人"となり、TVの電源をつけっぱなしにしたまま、"ゆるやかな死"を迎え、"意味のない人生"の幕を閉じます。家族や親類がいない場合には、"TV腐乱死体"となる場合も少なくありません。

 やがて、TV老人たちはTVを観ながら死に絶え、"TV老人社会"も終わりを告げるのです。

追記.一部、ブラック・ジョークにしてもひどい内容が含まれています。

山田宏哉記
 
 2010.3.3
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