ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2469)

 "貧困問題"が報道される本当の理由

 NHKスペシャル「権力の懐に飛び込んだ男 100日の記録」(2/28放送)を観ました。湯浅誠氏の内閣府参与としての活動記録をまとめたものです。

 結論から言うと、非常に有益でした。官僚あるいは役人というものが、どういう考え方をして、どのように仕事を進めるのか、ということを知る一助になりました。

 そして、湯浅氏が硬直した縦割りの官僚機構に苛立つ様子も、見ていて印象的でした。

 もっとも僕自身は、湯浅氏の主張や考え方のほとんどに同意しません。

 「日本には"貧困問題"が存在して、それは最優先で解決すべき問題である」という認識そのものが、主としてメディアが作り出した幻影です。

 確かに住宅問題なら存在します。

 しかし、"ワーキング・プア"とか"ネットカフェ難民"などというのは、貧困層ではありません。日本円で年収100万円程度あれば、世界の中では裕福な部類に入ります。

 問題の核心は、"相対的な貧困感"にあります。

 つまり、「隣の家は、高級外車を乗り回しているのに、自分には国産の中古車すら買えない」とか「正社員のあいつは年収1,000万円稼いでいるのに、フリーターの自分は年収180万円しかない」といった嫉妬や羨望です。

 日本で"貧困問題"が盛んに報道される本当の理由は、メディアにとって「貧困ネタ」は、手堅い需要を見込むことができるからです。何も「社会問題として深刻だから」ではありません。

 年収300〜700万円くらいのボリュームゾーンも、平均の勤労所得は減少していて不満は鬱積しています。だから「貧困ネタ」は、この層に対する"ガス抜き"の役割を果たすことができます。

 そんなとき、"非正規雇用のワーキング・プア"とか"ネットカフェ難民"とか"生活保護"のような存在が報道されると、「自分はこれでもマシな方なのだ」と納得することができます。人間は自分より恵まれない境遇の人を見ると、優越感を覚えて一安心する傾向があります。

 日本では、アフリカの飢餓のように「食事にありつけずに、餓死する」ということは、滅多に起こりません。

 だから、国や政府は、本当に生存が脅かされている人々を救済する以外、特に何もしなくていい。というより、国家は"相対的な貧困感"に対しては、打つ手を持たないのです。

追記.いやはや、NHKオンデマンドの「見逃し見放題パック」でNHKスペシャルも観ることができてよかった。

山田宏哉記
 
 2010.3.3
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