ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2471)

 グランブルー―死に際の報酬

 NHKのハイヴィジョン特集「どこまでも深く〜グランブルーへのダイビング」(2/28)を視聴しました。

 日本を代表するダイバーである篠宮龍三氏がフリー・ダイビングの選手権に出場する軌跡を撮影したドキュメンタリー番組です。

 酸素ボンベを使わず、「どこまで深く潜れるか」を競うフリーダイビングの世界は、劇的に進歩していて、いまや世界記録は水深120M以上に達しています。

 といっても、水深100Mに達することができるダイバーは世界に10人強しかいなくて、篠宮氏はそのうちのひとりです。グランブルーというのは、この水深100Mクラスで見える海の色を表現したものです。

 ドキュメンタリーでは、映画『グランブルー』やこの分野のパイオニアともいえるジャック・マイヨールにも言及されていて、懐かしい気持ちにもさせられました。

 競技としてのフリーダイビングは、おそらく最も危険なスポーツのひとつでしょう。「限界まで呼吸を止めて、なるべく深く潜る」というのは、それだけで生命を危険に晒します。

 浮上中にブラック・アウト(失神)するなら、仲間に助けてもらえますが、50Mを超えての垂直下降中に意識を失ったら、(人体は水圧で圧縮され、浮力を失い、自然落下するので)おそらく助からないでしょう。

 大学院時代は色々と身体のことを勉強していたので、人間が深く潜水すると、ブラッド・シフト(脳や内臓などの重要器官に血流が集中すること)のような現象が起きることは、知識としては知っていました。

 それでも、今回のドキュメンタリーでは、色々と収穫がありました。

 中でも、垂直下降中の篠宮氏のフリー・フォール(自然落下)の映像が非常に印象的でした。最初はドルフィンキックで下降を開始し、一定地点を越えると、身動きをピタッと止めまって、そのまま海の底へ落ちていきます。

 傍から見ていると、再び、浮上してくるようには見えません。仮に映画でこの映像が使われたら、「彼は死んで、そのまま海底へと沈んでいった」という記号の働きをするでしょう。

 興味深いのは、そんなフリー・フォールの瞬間が、本人にとっては"至福の瞬間"であるらしいということです。

 以下、番組では触れられていない僕の分析です。

 生命は死に瀕すると、脳からβエンドルフィンという脳内麻薬が分泌されて、それほど苦痛なく(どちらかというと快感のうちに)死ぬことができるように設計されているようです。

 容易に想像がつくのは、100Mクラスのフリーダイビングの選手たちの脳の中では、潜水中にβエンドルフィンが分泌されているであろう、ということです。

 一種の直接的な宗教体験です。だから、やめられなくなる。

 ただし個人的には、それは"死に際の報酬"であるので、あまり積極的に追い求めるべきものではないように思います。

 潜水の英雄であるジャック・マイヨールも、最期は(おそらく潜水のやり過ぎで)ちょっと頭がおかしくなって、自殺しました。もちろん、当番組では触れられていませんが、これはやはり深刻に受け止めるべき問題だと思います。

 非日常のグランブルーの世界を追い求めるのは魅惑的ですが、やはりそれなりの身体的な代償も支払うことになるのでしょう。

追記.そして、NHKのドキュメンタリーを批評すると、それなりの文章になることにも気が付きました。

山田宏哉記
 
 2010.3.4
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