ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2476)

 大学資産の活用戦略

 既に私個人には関係のないことですが、今年も大学入試の一連の過程が終わったようです。

 さて、「受験生はどのように志望校を決定するのか」と考えたとき、建前としてであっても「あの先生がいるから、この大学を志望する」ということは、ほとんどないように思います。以前は、多少はいましたが。

 例えば、「池田信夫氏がいるから上武大学を第一志望にする」という受験生はほぼ皆無でしょう。

 仮に高校時代に池田氏を著書を読んでいるなら、一流大学に合格するだけの知的能力はあると認められますし、反面、上武大学の志望者が池田氏を読んでもチンプンカンプンでしょう。

 実際には、既に確固として決まっている大学ランキングと、自分の偏差値を照らし合わせて、「なるべくランクが高く、合格できそうなところ」を志望校にするというのが一般的でしょう。

 広く知られているように、日本社会において「どの大学に入学したか」が重視されてきたのは、「一定難易度の入試問題に合格するだけの知的能力を持っている」ことを保証するシグナリングの効果を持っていたからです。

 ですので、例えばある書物の書き手のプロフィールの学歴がパッとしないと、それだけで「信用できない」とか「この人は地頭が悪い」と冷酷に判定します。

 だから、実際に受験生が行ってきたように、大学案内の類のパンフレットは無視して、「なるべく偏差値が高い大学」を志望するというのは、間違ってはいません。

 情報社会の発展は、この流れを突き崩すどころか、むしろ強化しているように見えます。

 例えば、前述の池田信夫氏の講義を受けたいと思ったら、YouTubeに講義の動画がアップされたりしているので、何も上武大学に入学する必要はありません。

 もっと言えば、池田氏のブログの方が講義動画よりも、質・量ともに高いので、真面目に勉強をしたい人はブログを読めばいい、ということになります。

 従って、実験器具等が必要な理系分野を除けば、「『どの大学に入学するか』ということは、『大学で何を学ぶか』ということと、ほとんど関係がない」ということになります。

 大学受験生は、「何のために勉強するのか」とか「自分は本当は何をやりたいのか」とか、小難しいことは考えず、「代ゼミ偏差値が70あるから、東大を第一志望にしよう」などと機械的に決めてしまった方が得策だと思います。

 ブランド価値の次に重視すべきは、施設や情報システム環境です。大学の教育理念や教授や講義の質というのは、無視しても構いません。重要なのは、大学資産を活用して社会的立場を確保することです。

 例えば、早稲田大学は、教授や講義の質には疑問符がつくかも知れませんが、図書館と情報システム環境は、相当に恵まれています。僕が今でも早稲田の科目履修生を続けているのは、この辺りに理由があります。

 そして、未だによく「学生証で身分証明」しています。学割でラーメン屋で\50引きになったりします。

 まぁ今時、「あの先生がいるから…」とか「この大学の教育理念に共感して…」いうような奇特な受験生がいるとは思えませんが、念のために記しておきます。

追記.そして、只今入院中につき、大学の科目履修生の継続手続きが鬼門となっています。

山田宏哉記
 
 2010.3.6
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