ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2479)

 汎用技術に強くなれ

 今、池田信夫氏 のSBI大学院大学『イノベーションの経済学』を熱心に視聴しています。

 その中で、汎用技術(General Purpose Technology)に関して、思うところが多かったので備忘録として記しておきます。

 まだ、世の中にワープロ専用機が出回っていた中学・高校時代、僕はPCというものが何をする道具なのか、よくわかっていませんでした。

 そういう分野に詳しい同級生に「PCって何をする機械なの?」と聞くと、「色々なことができるよ」という答えが返ってきました。

 今となっては、間抜けとしか言いようがない質問ですが、要は汎用技術というものがわかっていなかった。

 例えば、ボールペンなら「字を書く」という機能を持っていて、ハサミなら「紙を切る」という機能を持っている。そんな風に「道具と機能は、1対1で対応する」という発想から抜け出すことができていなかったわけです。

 インターネットが普及し始めた時も、同じような感触を抱きました。要するに、「インターネットって何をするツールなの?」という発想です。

 インターネットも、特に「○○のために作られた」という目的を持たない汎用技術なのですが、それがどういうことなのかよくわからなかった。

 僕は、大学入学1年目から、自分のウェブサイトを持つようになりました。そして、おそらくその時初めて、PCやインターネット(さらにはウェブサイトの設計)が汎用技術であることを身体で理解したように思います。

 そして、今にして思うのは、情報社会を生きる上で、「どれだけ汎用技術を自分の目的に合わせて活用できるか」ということが死活的に重要だったということです。

 最近では、ある種のプラットフォーム(システムの土台?)として、iPhoneやツイッターが、脚光を浴びました。

 そして、iPhoneやツイッターも、特定の目的を持たない汎用技術です。だからこそ、「iPhoneやツイッターって何をするものなの?」という遅れた問いかけは避けたい。

 それは、「PCやインターネットって何をする道具なの?」という問いかけと相似形です。iPhoneにせよ、ツイッターにせよ、あくまで自分の目的に照らして、利用する・しないの判断を含めて、活用すればいいだけの話です。

 「汎用技術を自分向けにカスタマイズする」とでも言えばいいのかな。

 そして、それが自然にできる人とできない人のあいだで、根本的な情報格差が発生することは避けられないように思います。

追記.いまだに「道具と機能は、1対1で対応する」という発想から抜け出せない人は、結構いるように思います。

山田宏哉記
 
 2010.3.8
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