ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2480)

 記憶力をめぐる根本的誤解

 NHKのハイビジョン特集「記憶 脳と人の物語」(3/7放送)を視聴しています。

 番組内容を簡単に説明すると、「世界記憶力選手権」という"記憶の達人"たちが一堂に会して競う大会をテーマにしたもので、それに合わせて"記憶の秘訣"なども伝授するという趣旨の番組です。

 その記憶力選手権では、ランダムに並んだ数字や図形の順番をどれだけ単純記憶できるかを競い合います。

 番組には、日本の若者も登場して、"記憶の達人"の助言に従って1ヶ月間訓練したら、「単純記憶できる量が増えて、めでたしめでたし」みたいな挿話がありました。

 思うに、この番組の記憶観には、根本的な疑問を覚えます。"記憶の達人"の能力が羨ましいとは全く感じないのです。

 例えば、円周率を1万桁まで覚えた人がいるとします。僕が問いたいのは、「果たしてそれは素晴らしいことなのか」ということです。

 結論から言えば、それは脳資源の無駄遣いだと僕は考えます。

 世界記憶力選手権の競技も同様で、意味のない数字を強引にイメージと関連づけて何千個も記憶することに、大した意味があるとは思えません。

 悪く言えば、要するにコンピュータにできることを、人力で行って悦に入っているだけのように見えます。

 現代社会においては、意味のない記号を丸暗記して、それをそのまま正確に再現することは、それほど価値のあることではありません。せいぜい、"TV老人"のボケ防止になるくらいでしょう。

 現代においては、情報を単純に記憶することよりも、情報を捨象したり、編集したり、忘れたりする方が、はるかに価値があります。なぜならそれは、コンピュータにはできない作業だからです。

 単純記憶は、ウェブを含めた外部記憶装置に任せておいた方が賢明です。

 僕が文章を書いている理由のひとつも、安心して記憶や情報や自分の考えを忘れることができるようにするためです。

 これは僕の体感ですが、(忘れてはいけない)記憶の総量が増えるのを放っておくと、どうしても思考の鋭さが鈍ってきます。

 限られた資源の中で、意味のない数字の羅列を記憶するなど、愚の骨頂でしょう。

 どうも世間一般では「記憶力がある」と「頭がいい」ということを同一視する傾向が広がっているようです。思うに、これは根本的な誤解です。

 どちらかと言うと、単純記憶力と思考力は、"負の相関関係"にあるというのが僕の観察です。

 冷静に観察してみて下さい。単純記憶力の優れた人が、みんながハッとするような鋭いことを言うことがありますか。たぶん、ないでしょう。

 要するに、みんな"暗記一発芸"に騙されて「あの人は頭がいい」と思い込んでいるだけなのです。

 というわけで、単純記憶力は人間にとって、知的能力とはほとんど関係ない、非常にプリミティヴ(原始的)な能力です。

追記.以上、"閃きの達人"の私が言うのですから、間違いありません(半分冗談、半分本気です)。

山田宏哉記
 
 2010.3.8
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