ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2490)

 "リアルタイム志向"は弱者への道

 先程、福島県を震源とする地震がありました。この時の病院内の反応がおもしろかった。

 普段、特にすることのない同室の老人がまさに「水を得た魚」の如く、TVのスイッチをつけて情報収集を始めたのです。そして、「震源地は○○か」などとブツブツと呟いています。

 反面、僕は地震を無視してこれまで通りの作業(情報の入出力)を続けました。

 小規模な地震は、所詮、ノイズに過ぎません。僕たちの今後の人生にほとんど影響を与えることがありません。明日になれば忘れてしまいます(あまり誉められた姿勢ではありませんが)。

   ですので、ちょっとぐらいの揺れで、延々と地震速報などを追いかけるのは、時間の無駄です。

 同様の理由で、自分の行動に直接の関係がない限り、電車の遅延情報、高速道路の渋滞情報、天気予報などは、無視するに限ります。

 僕たちは、リアルタイムで次々と更新される情報に弱い。マスメディアから"最新情報"が配信されるとつい気を取られてしまう。僕自身、ウェブへのアクセス数やメールのチェック回数が過剰になりがちです。これらは、あとからまとめて処理した方が効率がいい。

 ツイッターの普及も、"リアルタイム性"が人々を惹きつけた結果の現れでしょう。

 しかし、真剣に情報社会を勝ち抜こうと思ったら、このような姿勢は決して望ましいものではありません。

 例えば、まっとうなビジネスパーソンなら、日経新聞の記事くらいは読んでいます。だから、日経の最新記事をフォローし続けても、たいして情報優位にはなりません。漫然と日経ネットの記事を読んでいても、「他人から遅れない」のがせいぜいです。

 もちろん、同じ記事を読んでも、そこから得られる知見には個人差があります。ある人は読み流す記述を、ある人はビジネスチャンスと捉えることもあるでしょう。しかし、理想をいえば、情報素材そのもので差をつけるべきです。

 単純な話、日経産業新聞の記事もフォローしていれば、平均的な成人男性に対して、かなり差をつけることができます。

 ついでに、ウェブからの情報源も、日本の大手新聞社ではなく、英文のニュースサイトやブルームバーグの記事を中心にすれば、情報素材だけで、相応の差別化がはかれます。

 さらに言うなれば、基本的な経済学や古典の素養を身につければ、世界と社会を見る視点が、常人とは違ってきます。

 そして、ある程度、労力のかかることをするためには、リアルタイム性に背を向け、腰を落ち着けて取り組むことがどうしても大切です。

 つまり、TVで最新のNHKニュースを見て、"さっきの地震"の速報を追いかける程度の情報リテラシーでは、所詮は一般大衆の域を出られないということです。

追記.すまん、それでも今日のNHKスペシャルの地震特集はリアルタイムで見ます。

山田宏哉記
 
 2010.3.14
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