ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2492)

 学習能力のイノベーション

 退院の目処が立ってきたというものの、相変わらず、ほとんど1日中、情報の入出力をしています。残念なことは、「それでも情報処理のための時間が全然足りない」ということです。

 入力系では、当初、入院するということで、読むべき本を買い込んで持ち込みました。その書籍群をほとんど読めていません。

 英語の勉強も力を入れてやるつもりでした。しかし、ほとんどできていません。聴くべきポッドキャストも、見るべきドキュメンタリー番組も、溜まっていく一方です。

 出力系でも、自分が納得いくだけの量の原稿執筆やウェブサイトの構築はできていません。

 ひとつ言えることは、「投入時間の倍増によって、一定の知識量を習得する」という根性論的な学習モデルは、もはや全く成り立たないということです。

 学生時代、「僕は要領が悪いから、他の人の2倍勉強して追いつく」みたいな発言をする人を散見しましたが、今後、このタイプの人が活躍することは難しいでしょう。ライバルが1日16時間勉強しているとしたら、その2倍勉強することは物理的に不可能です。

 僕自身、ほとんど1日中、自由に使える時間があるというのに、この様です。この先、実務家として社会復帰したら、今より自由に使える時間は激減します。

 従って、今以上に学習効率をあげないことにはどうしようもありません。

 なぜ、処理するべき情報量に対して、これほど時間が足りないと感じるのか。

 根本原因は、知識や情報に対する欲求は、限度を知らないことにあります。これが、生理的な食欲や睡眠欲であれば、自ずから限度というものがあります。

 では、知識や情報に対して、「足るを知る」という態度を取るのか。しかし、直感的にそのような老成的な態度をとるにはまだ早すぎる、と感じます。

 従って、僕が目指すのは「イノベーションによって、学習能力を不断に高めていく」という方向です。それこそ、頭の回転を速くするためであれば、手段を選ばない。

 そして、これは単なる個人の趣味の問題として片付けられるものではありません。

 思うに、個人としてこの社会を生きる上で決定的にものを言うのは、未知の領域のものを既知の知識へと落としこむ"学習能力そのもの"です。古くは"物覚えがいい"と表現された能力です。

 IT業界で技術者として働いている人にとっては、これは常識でしょう。世の中の変化そのものが速くなる中で、最新技術にキャッチアップしていくためには、学習能力がなければどうしようもありません。

 厳しいことに、学習能力は自然と年齢とともに落ちていきます。まずは、この自然落下を最小限に抑え、できれば向上させることが喫緊の課題です。  

 では、具体的にはどのようなことをすればいいのか。現時点で決定的な解答を知っているなら、情報処理でこんな苦労はしていません。

追記.ひとまず「身体能力を高める」とか「脳機能の勉強(研究をフォロー)をする」というのは、必須条件のひとつでしょう。

山田宏哉記
 
 2010.3.15
 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ