ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2493)

 "何もすることがない"という絶望

 同室の"TV老人"が衝撃発言をしました。曰く「ここでは何もできない」「TVがつまらない。昔はおもしろかった」とのことです。

 僕が時間に追われて情報の入出力をしているのは対照的です。

 彼にとって唯一の娯楽と思われる"TV鑑賞"に楽しみを見出せないとは気の毒なことです。それならば、多少、マナーが悪くても多めに見るべきかもしれません。

 おそらく、人生において「何もすることがない」というのは、かなり深刻な事態です。

 「するべきことが多すぎて、時間が足りない」という悩みに対しては、方法論で対処することができます。

 しかし、「何もすることがない」という悩みに対しては、「生きていれば、きっといいことあるよ」というような慰めしかできません。

 また、下手にこじらせると「生きている意味」を掘り崩されることになりかねません。

 同室の"TV老人"の敗因は、表層的に言えば、ノートPCの持込とウェブ接続の確保をできなかったことにあります。情報社会のダイナミズムから取り残されると、こういうことになるのです。

 また情報リテラシーに欠けていたとしても、普段は読むことができない書物を読むという選択肢もあったはずです。しかし、それもしていない。

 おそらく、今までずっと周囲に流されて生きてきて、真剣に「この世界に生まれ落ちて、自分が何を為すべきか」と向き合ったことがないのでしょう。ボケーっとTVを見るだけで、ひとりの個人として社会と対峙することを避けてきた。

 厳しく言えば、そのツケが「何もすることがない」という形でまわってきたのです。自業自得とは、まさにこのことではないでしょうか。

追記.若干、敬老の精神に欠けるところがありますが、ご了承下さい。

山田宏哉記
 
 2010.3.16
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