ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2496)

 薬物販売をめぐる法とモラル

 NHK特報首都圏「新たなワナ 広がる薬物中毒」(2008年4月3日)を視聴しました。 おおよその内容は以下のようなものです。

 精神病患者に処方する薬物の中には、リタリンのように覚醒剤に似た成分のものがあり、依存症になるリスクがある。

 モラルを欠いた医師の中には、碌に診察もせずに、リタリンのような精神高揚薬をどんどん処方する人もいたようです。そのため、現在ではリタリンの処方基準が厳しくなりました。

 さて、リピート客を獲得するために重要なことは、何より商品に「中毒性」を持たせることです。その意味で、麻薬をはじめとする神経系に作用する薬物は、強い中毒性を持つので、商売にすれば手堅い収益を望むことができます。

 何しろ、麻薬を買う金欲しさに犯罪に走る人までいるくらいです。

 もちろん、薬物の販売には法律の規制がかけられています。従って、実際に薬物を処方あるいは販売しているのは、医師かヤクザということになります。これは決して健全な状態とは言えません。

 さて法律によって"必要悪"に規制をかけると、どうしても「アンダーグラウンドに潜る」という問題が発生します。例として、アメリカの禁酒法は有名ですが、ギャンブルや売春や麻薬に関しても同じことが言えます。

 もっとも、日本の法律は、さほど禁止事項を徹底しているわけでもありません。

 ギャンブルは禁止でありながら、競馬やパチンコは認められています。憲法でも軍隊の保持は禁止されていますが、「自衛隊は軍隊ではない」という詭弁がまかり通るような国です。

 私見では、薬物やギャンブルに対する規制は大幅に緩和した方がいいと考えています。例えば、大麻のようなほとんど無害なドラッグや、カジノのような場所は合法化した方がいい。

 タバコの方が大麻よりはるかに身体に有害で中毒性があるにもかかわらず、「タバコ合法、大麻違法」なのは、所詮は、既得権益上の理由によるものです。

 さて、誤解する人が多いのは、法律とモラルの混同です。例えば、ギャンブルが合法化されたからといって、自分がギャンブルをやるかどうかは全く別です。

 世の中には、単に個人的に嫌いなものに対して、「法律で規制するべきだ」という人が多い。しかし、それに従うと、個人の自立を疎外する不自由な社会になります。

 本来、薬物であれ、ギャンブルであれ、「やる、やらない」のは各個人が決めればいいことです。これらは法律ではなく、モラルの問題にした方がいい。確固たる個人主義に基づく社会とは、そのようなものです。

 そしてこういう問題は、法的な規制によってアンダーグラウンドに潜ると、決まってよりやっかいなことになるのです。  

追記.日本の過剰規制を見るにつけ、日本人は本音では、自由も個人主義も欲していないのだと痛感します。

山田宏哉記
 
 2010.3.18
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