ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2510)

 "情報の使い回し"という戦略

 渡邉正裕(著)『やりがいある仕事を市場原理の中で実現する』(光文社)を読みました。渡邉氏が渡り歩いた日経記者、外資系コンサル、有料ニュースサイトの体験記を詳細に書かれていて、非常に刺激的でした。

 本書の中で提唱されたものの中に"情報の使い回し"という戦略があります。

 もっとも僕も、修士論文の内容をウェブに掲載したり、ウェブに掲載したネタを修士論文で使ったりするくらいのことはしていました。

 例えば、日経新聞に載っている記事を1.5倍くらいに詳しくしたものが、日経産業新聞に載っています。渡邉氏いよるとこれは同じ記者が媒体別に書き分けているものです。

 さらに言うなら、ウェブの日経ネットに掲載される記事は、日経新聞の3分の1程度の分量です。

 このように媒体別に情報量をコントロールして提供する。例えば、ひとつの取材で100の情報量を得たとしたら、日経産業新聞に60、日経新聞に40、日経ネットに15くらいの情報を掲載する。

 これは結構、僕たちにとっても参考になる手法ではあります。ツイッターには要約・凝縮した140字程度の情報を投稿し、自分のウェブにはさらに詳しい情報を掲載する。売れそうだったら、書籍化という選択肢もあるでしょう。

 最初、備忘録として短文を書き、長文にブラッシュアップする方法も、最初から長文を書き、要約して短文にするという方法もあります。そして媒体別に、長文と短文の両方を有効利用する。

 こうすることのメリットは、読む側も自分の時間等の都合に合わせた情報を得ることができるようになることです。扱うテーマに応じて、ツイッター・レベルの情報で満足するのもありだし、ウェブに掲載したものを丁寧に読むという選択もできます。

 当たり前のことですが、読む側にも、時間や熱意や関心の持ち方で個人差があります。情報を発信する側が媒体別に情報量をコントロールすることで、総合的な訴求力を増すという戦略は、結構「あり」だと僕は考えています。

 書き手にとっては、熱心な読者がいるということはもちろん、最も大切なことではあります。ただし、「そこそこ関心を払ってくれる人が大量にいる」ということも案外、無視はできません。ベストセラーを生み出すのは、大抵、後者だと言えます。

 とはいえ、書き手にとって、「ネタを使い回している」と思われるのは、あまり望ましいことでもありません。

 そのあたりをカバーするために必要なのは、情報の要約や編集のセンスのよさでしょう。それと、細部の充実です(情報のフィルタリング能力は、受信側にたったときも極めて重要です)。

 現代文の講義ならば、「具体例はあまり重要ではない」とされますが、例示や本文の補強部分にも神経を注ぎ込むことで、要約ではできない別の価値(例えば、言語表現そのもののおもしろさ、など)を提供することは可能だと僕は考えています。

 情報感度の良さと基礎的な国語力(特に要約・編集・言語化能力)に関しては、ものすごく個人毎の実力差があります。この辺に自信があるなら、正々堂々と"情報の使い回し"をしてもよいのではないでしょうか。

追記.ただし、Aという長文情報を、Bという長文情報にも切り貼りで使うという形での使い回しはいただけません。同じような内容の著書を発表する人は結構いますけれども。

山田宏哉記
 
 2010.3.27
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