ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2525)

 忘却の"クラウド・コンピューティング普及以前"

   ニコラス・カー(著)『クラウド化する世界』(翔泳社)を読了しました。

 近代以降の人間と技術とビジネスモデルの関わり合いを、IT革命と絡めながら論じています。

 中でも、電力が世界を覆うようになる過程の記述が興味深かった。

 本書によると、20世紀初頭、企業は自社に"電力部門"を持ち"自家発電"するのが当然でした。そのためにかかるコストも、大変なものでした。

 そこに登場するのが、電力供給というビジネスモデルです。発電所が送電線を通して、各企業や家庭に電力を送る。今では、当たり前の公共サービスですが、当時には革命的な変化を引き起こしました。

 各企業が自前で電力を発電するより、発電所から電力供給を受けた方が、コストを10分の1以下に抑えることができたからです。こうして、企業や家庭が、"自家発電"するのは全く割に合わなくなりました。

 昔の企業でいう"電力部門"は、今の企業で言う"情報システム部門"に相当します。

 電力と情報技術は、共に汎用技術という意味で似ています。情報技術の世界で言う"クラウド"がいまいちピンとこない人は、"電力供給のビジネスモデル"をイメージすればいいと思います。

 クラウドとは、いわばIT企業が情報の"電力会社"となり、ネットワークを通して、情報処理という"電力"を供給することです。

 今や、電気のない生活というのは考えることができません。怖いことに、電力会社が送電をストップすれば、市民生活は混乱に陥ります。電力会社は人々の生活にとって、なくてはならない存在です。

 穿った見方をすれば、我々は電力会社に生活与奪の権を握られている。

 ITベンダの野望は、電力会社のような公共サービスを提供することです。仮に自分たちが情報処理の供給を停止すれば、たちまち、世界が混乱に陥るような存在になりたいと思っている。

 電力会社は、電線を通して発電所から家庭や企業に電力を供給する。それは、あまりに当たり前のことで、いちいち取り上げることではないと思われるくらいです。

 既に僕たちは、それ以前の世界をうまく想像できなくなっています。今の小学生たちはもう、PCや携帯電話がなかった頃の生活をリアルには想像できないでしょう。

 そして、ごく近い将来、"自前の情報システム"を持つことは、"自家発電"と同じくらいに滑稽なこととされ、きっと"クラウド・コンピューティング普及以前"の生活は、うまく思い出せなくなるのでしょう。

追記.なかなかに読み応えのある本でした。

山田宏哉記
 
 2010.4.6
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