ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2528)

 男が"一般職"で何がいけないのか

   『日経ビジネス』2010/4/12号の記事「ゆとり世代は男子も『一般職』」を読みました。

 記事では、最近、就職活動に際して男性が"一般職"への応募が出願するケースが増えていることに触れる一方、大企業の人事担当者の「一般職に応募するような男性は、まず採用しない」という趣旨の発言が紹介されていました。

 かねてから疑問に思っていたのですが、「総合職」と「一般職」というのは、一体、何なのでしょう。総合的な職種とか、一般的な職種と言われても、何のことだか不明です。

 ウィキペディアでは、総合職と一般職の違いを以下のように記されています。

<総合職は、管理職及び将来管理職となることを期待された幹部候補の正社員である。役務は非定型的であり、企業が享受する具体的な利益(主に金銭面)を考慮した上であらゆる役務に臨機応変に対応することが要求される。

 総合職に対して、一般職・現業職と呼ばれる職掌がある。ここでいう一般職は、一般事務などの定型的・補助的な業務を担う正社員である。現業職は、技能職・技術職などさまざまな呼び方があり、具体的には工場におけるライン作業や設備保全、プログラマー(コーダー)などの業務に従事する正社員である。(略)

 男女雇用機会均等法により労働者に対する男女差別が禁止され、女性従業員を女性であるという理由だけで補助的業務に就かせることができなくなったため、男女別ではない総合職と一般職という区分が設けられるようになった。>(ウィキペディア「総合職」の項目を引用)


 どうやら簡単に言うと、男性が企業に正社員として就職すると"総合職"と呼ばれ、女性が就職すると"一般職"と呼ばれるようになったのが、起源のようです。

 男女の区別だけで、昇進や賃金で差をつけるわけにもいかなくなったので、職種区分というフィルタを介在させることにしたのでしょう。従って、男性が一般職に応募するのは、"性別詐称"の疑いがあります。

 でも、別に男性が補助的かつ定型的な一般職を希望してもいいじゃないか。僕は単純にそう思います。「男性は野心をたぎらせて、立身出世を目指すべきだ」とする価値観は、時代錯誤も甚だしい。

 問題の本質は、男性の場合、他人と競争したり、大金を稼ぐことにあまり興味がなくても、とりあえずは就職をしないと、生活ができなかったり、世間体が悪かったりすることにあります。

 また、「収入はそれほど多くなくてもいいから、のんびりと安心して仕事をしたい」という男性のニーズを満たす職場環境は、それほど多くはないでしょう。

 極端な話、非正規雇用として働いて生活苦に喘ぐか、幹部候補生としてハードワーカーに徹するかの二者択一になっていて、その中間が欠落しています。もっと選択の自由があってもいいはずです。

 ゆとり世代の男子が一般職を希望するのは「仕事に対する考え方」が変化してきたひとつの兆候でしょう。

 いい加減、「そんな考えは甘い」とか「男は競争に勝たなければならない」みたいな説教をするのは、やめにしては如何でしょうか。

追記.そういえば僕自身、「高級外車を乗り回したい」みたいな欲望は、全くと言っていいほどありません。

山田宏哉記
 
 2010.4.10
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