ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2547)

 環境設計で仕事しない術

 工場のラインで働く労働者であれば、仕事をしている時間は、実際に製品を組み立てている時間だけです。

 勤務時間とそれ以外のオフの時間が、明確に分かれています。言うまでもなく、人間として「真面目」であることは大いなる美徳です。

 しかし、ホワイトカラーにとっての成果は、会社のオフィスで実際に作業をしている時間と必ずしも相関しません。

 特に、よいアイディアを思いつくのは、得てして散歩しているときとか、お風呂に入っているときとか、勤務時間以外の時間帯であることが多々あります。

 あるいは、「コピーを取るのが速い」とか「字が丁寧で綺麗」ということが、優秀なビジネスパーソンの定義ではありません(もちろん、そのような資質もないよりはあった方がいいですが)。

 それより、例えば的確に情報の収集・管理・展開をすることの方が、遙かに大切です。

 また「真面目」であることは、必ずしも美徳とは言えません。いくらビジネスマナーが完璧で、礼儀正しくても、それがパフォーマンスにつながらなければ、あまり意味はありません。

 むしろ、ホワイトカラーの資質としては、「頭はいいけど、適度に面倒くさがり屋」である方が望ましいように思います。なぜなら、「もっと楽にやる方法はないか」と考え、施策を打つことそのものが仕事だからです。

 思うに、仕事をめぐる"環境設計能力"こそが、おそらく知的プロフェッショナルの核心的なスキルです。

 僕たちはつい、工場労働者になぞらえて、「夜遅くまで、サービス残業する」ことが仕事熱心であることの証明だと考えがちです。だから、不真面目で結果を出す人より、真面目だけど結果が出せない人を評価する。

 これは間違っていると思う。

 例えば、カフェで仕事をした方が効率がよければ、そうするのが合理的です。音楽を聴きながらの作業の方が快適であれば、そうすればいい。

 日本には食糧に困っている人が結構います。賞味期限切れのコンビニ弁当は、廃棄せずに、貧乏学生や生活保護世帯やホームレスに配ればいいのです。

 問題は、多くの労働者や日本企業にはそういう柔軟性が欠けていることです。

 みんなその方がいいとわかっている。しかし、自分が言い出して"責任問題"になるのは嫌だ。「他の誰かが言い出してくれないかなぁ」と期待する。その結果が、OECD諸国の中で最低の労働生産性です。

 スーツとネクタイを身につけていても、「作業をこなす」だけでは単純労働者(マニュアル・レイバー)です。より価値があるのは「人間がする作業を削減する」ことです。怠惰であるための環境を設計することです。

 僕たちはもっと真剣に「どうしたら仕事をしなくて済むか」を考える必要があるでしょう。

追記.少なくとも、もはや無駄な作業をして、会社に自分の必要性をアピールする時代ではないでしょう。

山田宏哉記
 
 2010.4.23
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