ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2553)

 結局、"新しい技術"の側が勝つ

 現在、iPhoneとツイッターを生活の中に組み込んでいる人と、そうではない人の間で、アクセスできる情報の量と質に大きな差が生じます。

 ひとつ言えるのは、テクノロジーの進歩の波には、取りあえず乗って置いた方が得策だということです。

 2000年代の初頭には「IT革命の虚妄」などと盛んに言い立てる人がいました。今ではもう、誰もこんなことは言わないでしょう。ウェブに背を向けていたら、就職活動すらできません。

 さて、新しい技術が登場すると、必ずその技術に対する反発も生まれます。「機械」を諸悪の根源と見なす風潮は、200年前のラッダイト運動の頃からあります。

 しかし、人類の歴史から学べる教訓として、「"新しい技術"を使用する側が勝つ」という命題があります。それは現在でも同じです。きっとこれからもそうでしょう。

 世界史の授業でも習うように、3000年以上前に、ヒッタイトが"鉄製の武器"を開発した頃からそうです。竹槍で戦闘機に立ち向かうことはできません。

 この先、おそらく次々と新しい情報技術が登場してきます。現時点で、その細部を予測することはできません。ただし、これから現れるであろう新技術に対しては、一定の関心を払うことがどうしても必要です。

 なぜなら、新技術に対する態度は、決して「個人的な興味の問題」では済まないからです。

 1995年以前は、「インターネットを利用するか、否か」は、あくまで個人的な趣味の問題だった。ウェブに接続する機会がなくても、不利益を受けることはなかった。

 新技術は、利用者が一定の数を超えた時点で、「個人の好き嫌いの問題」ではなくなります。今時「メールを使わない、携帯電話を持たない」主義の人がいたら、きっと周囲の人は連絡を取るのに苦労するでしょう。

 趣味や哀愁としての「行き過ぎたテクノロジー批判」はありですが、本気で信じるべきではない。これは「学歴社会批判」と同じです。結局は、"新しい技術"の側が勝ちます。

 スマートフォンにせよ、ツイッターにせよ、まだ未経験の人は、やはり感触くらいは確かめておいた方がいいと思います。ツイッターをやっている人と、やっていない人の間には、確実に情報格差が生まれています。

 長期的には、人類は頭で考えたことを言葉に出さなくても、他者と共有できるようになるでしょう。そのような大きな流れを変えることはできません。

 人類史の合言葉は、あくまで「"新しい技術"の側が勝つ」です。

追記.おそらく、iPadも「とりあえず、買ってみる」が正解となるでしょう。

山田宏哉記
 
 2010.4.29
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