ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2555)

 読書という怠慢

 知的水準の高い方は、大抵、読書をしているものです。そして「1冊でも多く読むことが望ましい」という行動様式を身につけています。

 大枠では、間違っていません。本を読んでいれば、周囲からも「勉強熱心」と評価され、公然と避難されることもないでしょう。

 ただし、だからこそ気をつけたいことがあります。

 書物を開いて、活字を目で追うという行為は、あまり脳に負荷がかかりません。寝ながらでもできます。

 そのせいか、あまり脳に血流がいかない。「読書より、ウェブを閲覧している時の方が活発に脳が働く」という実験結果もあるようです。

 もちろん、脳の働き具合は、読む本の内容によって違ってくるのは重々承知の上です。

 それでも、一般に「活字を眼で追う」という行為は、実体験に比べて、圧倒的に負荷が低い。このことは覚えておいた方がいいことです。

 だからこそ、実務家の読書は、業務関連の専門書であっても、原則として勤務時間外に行います。

 職業訓練としては、OJTの効果が最も高いことが広く知られています。これは、脳への負荷が極めて高い。

 反面、座学では、大抵、実務で使うレベルに達しません。自己啓発書や仕事術の本を読んでも、大して仕事ができるようにはなりません。

 文章の書き方ひとつとっても、日々の試行錯誤の中で身につけるものであって、「文章術」の本を読んでも、あまり効果はないでしょう。

 なぜか。結局のところ、「読書という行為が持つ負荷の低さ」に起因すると僕は考えています。そして、人は読書を「怠ける言い訳」にしやすい。

 寝転がって本を読むだけで、バリバリ仕事ができるようになったら、こんなに楽なことはありません。

 実体験を積み、場数を踏むことを敬遠し、「本を読めばいいや」で済ませてしまう。

 読書は、実体験を補完することはできますが、代替することはできません。読書は実体験よりも劣る。読書家は、この謙虚さを忘れるべきではない。

 当たり前のことです。そして、当たり前のことほど忘れやすい。

 この点を踏まえて書物とつきあえば、おそらくは有益な読書生活を送ることができるのではないでしょう。

追記.以上、僕が時々する定番の話でした。

山田宏哉記
 
 2010.4.30
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