ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2559)

 なぜ、南池袋公園は"整備のために閉鎖"されたのか

 昨夜、池袋四丁目の駅から、池袋駅まで歩く途中、久しぶりに南池袋公園に差し掛かりました。

 公園を横切ろうと思ったら、フェンスにロックがかかっています。「おかしいな」と思って公園正面に回ったら、何と"閉鎖"されていました。

 看板によると、2009年の9月14日から"整備工事"と"変電所建設"をするそうです。しかも、"工事期間"は5年以上とされています。

 思わず、iPhoneで写真を撮ってしまいました。http://tweetphoto.com/20647897

 なぜ、唐突に"公園整備工事"と"変電所建設"などをするのか。一体、5年以上もかけて何を"整備"するのでしょう。正直、無駄な公共事業としか思えません。

 もっとも、この近辺の地理事情に詳しい人なら、本当の理由と目的は別の部分にあることに、ピンとくるはずです。

 結論から言うと、これは野宿者、浮浪者、不良少年を公園から排除するための施策です。

 南池袋公園は、近隣にラブホテルが林立していて、数年前は野宿者がダンボールハウスを構えていました。不良少年たちの溜り場にもなっていて、要するに治安の良くない一帯です。

 大学院時代、僕も武術をやっていた関係で、この公園で"突き"や"蹴り"の練習をしていました。決して、幼い子供がひとりで遊んでよいような公園ではありません。

 だから、行政側が、秩序を保つために"公園ごと閉鎖"してしまうのは、ある意味で合理的です。

 問題としたいのは、「ならず者の排除」という"本当の目的"を伏せたままで、"整備"や"変電所建設"といった"もっともらしい理由"が登場してくることです。

 僕は、排除を意図した設計を"アーキテクチャ型の排除"を呼んでいます。現代社会において、これは巧妙に僕たちの生活に侵入してきます。

 "アーキテクチャ型の排除"の別の案件として思い出されるのが、数年前の新宿歌舞伎町のハイジア前の"整備"です。

 ここもラブホテル前で、娼婦や援交少女が客引きを行っていました。そこで行政側は、この近辺で物理的に立ち止まれないように"整備"しました。もちろん、他に「もっともらしい理由」が用意され、"本当の目的"は伏せられたままです。

 もっとも、"善良な市民"なら「そんな薄汚い人々は排除されて当然だ」と言うかもしれません。

 いつ"アーキテクチャ型の排除"が自分に刃を向けるか、わかったものではないからです。

 「野宿者や娼婦が排除されて当然」なら、浮浪者やキャバクラ嬢はどうでしょうか。日雇い労働者や身体障害者やニートや引きこもりはどうでしょうか。決して、これは"彼ら"の問題ではありません。

 僕もあなたも、不運が重なり、いつかホームレスになってゴミ箱の残飯を漁ることになるかもしれません。そんなとき、"公園"は最後の避難所になりえます。

 公園の隅っこにダンボールハウスを作れば、"健康で文化的な最低限度の生活"を相当下回っていますけど、人間としての尊厳だけは保つことができるでしょう。

 その頼みの綱の公園が、"整備のために閉鎖"などされていたら、どうでしょう。要するに"死ね"ということです。

追記.日本が「ホームレスのいない美しい国」を目指しているとしたら、一体、その野宿者はどうなるのか。きっと"人間愛護センター"で"一括処理"するのでしょう。

山田宏哉記
 
 2010.5.1
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