ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2561)

 ブリコラージュのウェブ作製論

   いまだにIBMのHomepageBuilderV6.5を使っています。伝統主義者です。

 新しく購入したノートPCにもインストールしました。個人でこのソフトの、このバージョンを使う人は、もうほとんどいないでしょう。

 普段の原稿を掲載するときは、直接、HTMLのソースをいじって更新しています。というよりも、それで更新できるように、ウェブを設計しました。

 ウェブ作製の専用ソフトを使うのは、比較的、複雑な作業をするときです。具体的には、レイアウトを変えたり、フレームを分割したり、写真を掲載したり、というような場合です。

 ブログと比べれば複雑な作業だと思いますが、技術的に大したものではありません。

 最近の技術(Flash)には全くついていけません。それどころかCSSやJavaScriptもあまり理解できていません。ブリコラージュ(自分の"持ち駒"だけで何とすること)でやってきました。

 2000年前後にIT革命の洗礼を受けた人は、僕みたいになる場合が少なくないと思います。

 Yahooのジオシティーズが10MB分のスペースを用意していたので、2001年からそこを利用しました。

 僕の知る限り、当時はブログサービスが存在しなかったので、"普通の人"が不特定多数の人に向かって、"自分の意見"を表現するためには、"自作のホームページ"を作るしかなかった。

 そのための専用ソフトとして一般的だったのが、IBMのHomepageBuilderです。

 回線速度はダイヤルアップ接続で遅いし、動画や音声をアップロードするなど、夢の世界だった頃です。

 だから、当時は必死でHTMLの勉強をして、少しでも"自分の城"を見栄えのよいものにしようと奮闘したものです。もっとも実際は、HTML程度の技術であれば、勉強するまでもなく、"直感"だけで何とかなるものです。 

 自分で書いていながら、これは既に"歴史的証言"と化していると苦笑せざるを得ません。

 その後、ブログサービスが普及し、ツイッターが隆盛を極める今、僕は複雑な心境です。

 現在のウェブ製作の技術には、全くついていけない。かといって、テキストを入力して"投稿ボタン"をクリックするだけの"ブロガー"とは一緒にされたくない。非常に中途半端な位置にあります。

 文筆劇場の記事を「ブログ」と呼ばれると、なぜかカチンときます。「ブロガー」と呼ばれると、さらにカチンと来ます。

 僕はよく「なぜ、ブログではなくウェブサイトを持つべきなのか」という話をします。合理的な理由を挙げることはできますが、根底にあるのは、どうも"負け惜しみ"のような気がします。絶滅危惧種なのは、明らかに僕の方です。

 情報系専攻でもない普通の学生が、1からHTMLの勉強をするとは思えないし、たぶんそれだけのメリットもない。

 ただし、僕自身のことを振り返ると、当時の試行錯誤は、間接的に色々な部分で役に立っていると思います。特に"ブリコラージュの感覚"を掴めたことは大きい。

 何より、文筆劇場は現在でも稼働中です。これだけで充分じゃないか。

 2000年頃、IBMのHomepageBuilderでジオシティーズに"ホームページ"を設置していた人たちの大半は、ブログに切り替えたことでしょう。

 商用でもないのに、毎日、せっせとHTMLのソースをいじってウェブを更新している人は、もうあまりいないでしょう。

 だからこそ今、僕は宣言します。この中途半端な立場を徹底的に利用してやる、と。わかったか、ブログ信者どもめ。

追記.以上、2000年前後の極私的なIT革命回顧録でした。

山田宏哉記
 
 2010.5.3
 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ