ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2577)

 "アジェンダ設定"をめぐる闘争

 かつて柔術のグレイシー一族が試合を組むとき、ルールの細部に非常にこだわっていたのが印象に残っています。

 格闘技において、特に「引き分けにするか、判定にするか」や「試合時間をどう設定するか」ということは、勝負の結果に直接的に関わってきます。

 おそらく、多くの日本人はルールの細部にこだわることに、あまりよい印象は持たないと思います。それよりも、「与えられたルールの枠内で、精一杯戦う」という姿勢を評価します。

 言い換えると、ルールを所与の条件だと考えている。だから、「勝負を有利に展開できるように、ルールを設定する」という発想と戦略が欠落しています。実は、これは大問題です。

 日本ほど、オリンピック競技のルール変更で泣かされてきた国はないのではないでしょうか。そもそも「自分たちに有利なようにルールを設定する」という意識を欠いているのですから、当然です。

 すなわち、メタ・レベルの戦いに弱い。

 現代の情報空間において、何より大切なのは"アジェンダ(議題)設定"の部分です。すなわち、「何が論じられるべきか」を決める部分です。論文で言えば「何をテーマにするか」であり、会議であれば「何を議題とするか」。

 アジェンダ設定に比べれば、ある意見に賛成か、反対か、ということは二次的な問題でしかありません。

 新聞が「宇宙人が攻めてきた場合、核兵器の使用は許されるか」という世論調査をやって、それを1面のトップ記事で報じたら、誰でも「おかしい」と思うでしょう。

 しかし、新聞が「あなたは○○政権を支持しますか」という世論調査をやって、それを1面トップ記事で報じるに対して、あまり「おかしい」と言う人はいません。

 実は、これは"世論操作"そのものです。新聞が内閣支持率という"自作自演ネタ"にニュースバリューを認めるようになったのは、どうやらここ10年くらいのようです。感覚的には、森元首相の「神の国」発言以降です。

 以来、日本の首相はコロコロと変わるようになりました。例外は、小泉純一郎氏ひとりでしょう。

 よく考えてみてください。新聞社から家に電話がかかってきて「あなたは現在の内閣を支持しますか?」と質問されたときに、なぜ本音で回答する義務があるのか、と。

 「内閣を支持する」というのが、何を意味しているのか全く不明です。そもそも、「はい」と答えれば何となくバカっぽい質問をすること自体、フェアではありません。

 世の中には、こんな"自作自演ネタ"よりも、報道すべき事項がたくさんあります。

 例えば日本では、毎年80万件の交通事故が発生し、100万人が負傷し、5,000〜1万人が死亡してきたのです。4人家族であれば、20年間うちに誰かは交通事故に巻き込まれる可能性の方が高いのです。

 しかし、新聞が交通事故の死傷者数を問題視する報道をすることは、皆無に等しい。言うまでもなく、"某巨大広告主"の自動車メーカーがあるからです。

 あるいは、米軍の海兵隊員が沖縄でどのような"基地外活動"をしてきたのか、ということもそうです。

 ウェブの言説は、新聞記事に依存する比率が高い。既存のマスメディアがアジェンダ設定したものを、別の角度から批評するのは得意ですが、アジェンダ設定の部分ではまだ対抗できていません。

 端的に言えば、新聞社の記事の作り方やニュースバリューの付け方そのものを批判して、オルタナティブなアジェンダ設定をするべきだ。

 逆に言えば、この部分でウェブが既存のマスメディアに対抗できるようになれば、一気に風穴が空くでしょう。

追記.本当は、"メタ認知能力"というスキルの話をしたかったのですが、これは別の機会にまわします。

山田宏哉記
 
 2010.5.17
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