ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2585)

 「資料を使って、口頭で説明する」ことの意味

 「資料を使って、口頭で説明する」という行為をさせると、その人の頭の良さがストレートに反映します。

 "説明が下手な人"というのは、ひたすら資料に書いてある内容に終始します。

 卑近な例を出せば、これは「面接で履歴書に書いてある内容をそのまま話す」ようなもので、決して印象はよくありません。

 大学の演習などによくいたのですが、まず「用意した資料の本文をそのまま読む」というタイプの人は、必ず存在します。ご丁寧に「〜である」といった文語表現まで、そのまま口に出して表現する。

 これは、最も"レベルが低い人"の行動様式です。この種の人に限って、「政治家の"原稿棒読み"」を批判したりするのですから、きっと自覚症状はあるのでしょう。

 この種の説明を聞いていると、例外なく眠くなります。

 厳しいことを言うようですが、「読めばわかること」をわざわざリアルタイムで真面目に聴く理由はありません。

 比較的マシと言えるのが、資料の内容を、口頭表現に相応しい表現に変換して説明する人です。音読みを訓読みの大和言葉に置き換えたり、文末を「ですます調」に整えたりといったことです。

 適宜、重要部分を強調したり、補足情報を入れながら説明すれば、日本の平均的な若者の中では、相当、抜きん出ることができるでしょう。ただし、それでもまだ「読めばわかること」です。

 最もレベルが高いのが「口頭では、資料よりメタレベルの高い情報を話す」という手法です。特徴は「読めばわかる話は、最小限に絞る」という点にあります。

 仕事での仲間内の打ち合わせであれば、本当に重要になるのは、「なぜ、この資料を作ったのか」とか「この資料を元に、今後、何を展開したいのか」という部分です。演習形式の発表資料であれば、「一言で言えば、何なのか」という部分です。

 実は、この種の情報は、資料の本文として明記するのは適当ではありません。いや、正確に言うなら、資料のメタ情報が、本文に記載できる程度の衝撃力しか持たないのであれば、時間と手間をかけてそんな資料を作る意味はないのです。

 "説明がうまい人"というのは、本人が意識するしないに関わらず、この辺りのメタ情報の機微を踏まえているわけです。これを、"喋り方"や"身振り手振り"といった表面的な次元でとらえていては、肝心な点を見失います。

 そもそも「資料を使って、口頭で説明する」ことには、どのような意味や目的があるのか。

 それは「資料のメタ情報を共有する」ことに他なりません。

 "メタ情報の共有"が大した意味を持たないなら、資料だけ配付して「読んでおいて下さい」で充分だし、効率面からは、むしろそうするべきでしょう。

追記.現代人は何かと「資料を使って、口頭で説明する」機会が多いですから、苦手な人は以上のような内容を踏まえておくとよいかもしれません。

山田宏哉記
 
 2010.5.26
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