ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2587)

 好き嫌いとパフォーマンス

 パフォーマンスを左右する要因として、"好き嫌い"は決して見逃すことができないファクターです。

 大抵の人にとっては、好きなことは得意なことであり、嫌いなことは苦手なことだと思います。「好きだから得意なのか」「得意だから好きなのか」は一概に言うことはできませんが、両者の間には密接な相関関係があることは確かです。

 少なくとも僕の場合、「得意だけど、嫌い」というものはありません。

 もっとも、仕事の世界では、あまり公然と"好き嫌い"を言うのは場違いな感じがします。

 仕事は、義務感や責任感でするものであって、「好き嫌いでするのはけしからん」ということになるでしょう。

 義務感や責任感でする活動は、ある程度、堅実ではあると思いますが。これは"忍耐"とワンセットになっています。ただし、これでは刺さるようなパフォーマンスを出すことが困難です。

 僕は基本的に「"内面"は評価に値しない」と考えています。

 例えば、義務感や責任感でする課題が、「単純に好きだから」という理由でする課題より、格上であるとは言えません。結果の優劣がすべてです。

 "内面"は自分のパフォーマンスが最も高くなるように調整する方が得策です。基本は「好きなことを仕事にする」か「仕事を好きになる」のどちらかでしょう。

 そう考えると、「生きるためには仕方がない」と言って嫌いなことを仕事にするのは、悪循環への入り口のように思います。

 嫌いなことをやっていては、基本、パフォーマンスはあがりません。成果が上がらなければ、待っているのは不遇の日々です。これではますます仕事が嫌いになり、そのせいで、さらにパフォーマンスは下がるでしょう。

 「好きなことをやって飯が食えるか」と問われれば、答えはイエスです。もちろん、音楽やダンスや芸術のように、自分の中で「最も好きなことそのもの」で飯を食うのは難しい。

 でも、例えば他者と話すのが好きならそれに適した職種があります。対照的に、文字や数字を扱うのが好きならそれに見合う職種があります。

 個別具体的な職種につくことはできなくても、もっと大枠でとらえれば、人間、少しの努力で好きなことを仕事にできるわけです。

 正直言うと、僕は嫌々仕事をするくらいだったら、ニートやフリーターの生き方の方がいいと思っています。たぶん、その方が有益な人生を送ることができます。

 嫌いな仕事をしても、成果は上がらないし、高給を食むこともできないでしょう。それなら、家に引きこもって読書とウェブをしていた方が、ずっと有益だと思います。

 こんなことを言うと「そんな考えは甘い」と"いまどきの学生"からは注意されそうですね。でも、公言する必要はないけど、大抵のことは、"好き嫌い"が基準で充分なのです。

追記.人間社会は不条理ですから、「好きな仕事を楽しんでする人」の方が、「嫌いな仕事を義務感でする人」よりも、高収入です。被虐趣味でもない限り、積極的に後者を選ぶ理由などないでしょう。

山田宏哉記
 
 2010.5.26
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