ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2600)

 都合の悪い情報論

 本日、ツイッターに以下の投稿をしたところ、それぞれ複数名の方にリツイート(RT)をしていただきました。

 <覚書。耳から入る情報は、自分の意志で取捨選択することが難しい。これはデメリットではなく、むしろメリットである。僕たちはどうしても、自分の好みに合った偏向した情報を収集してしまう。>(posted at 12:00:44)

 <覚書。偉くなるにつれて、バカになる人が多いのは、叱ってくれる人がいなくなることが理由のひとつだと思う。「耳の痛い話」や「都合の悪い情報」を教えてくれる人は誰より貴重な存在である。>(posted at 20:34:28)


 この種の話に興味を持つ人がいると判断して、簡潔にまとめておきます。

 既存メディアと比較したとき、ウェブの最大の弱点は「収集する情報が偏る」という点にあると思います。

 これは、情報を提供する側の問題ではなく、受け手の問題です。

 新聞や雑誌であれば、1部を通して眼を通せば、さまざまなジャンルに関して、「最低限、必要な情報」を得られる可能性が高い。これは"パッケージ性"の魅力です。

 ウェブを閲覧しながら、リンクをクリックをするのは、原則、「自分の興味関心があること」だと思います。一般にはこれで「必要な情報を、必要なだけ得られる」と考えられます。

 勘のいい方なら、これが極めて危険な考え方だと気付くはずです。なぜなら、「ある情報が必要か否か」を判断する基準は、"自分の興味関心"だけということになってしまうからです。

 まともな思考力がある人ならば、「自分の興味関心がある情報だけを収集していれば良い」とは言わないはずです。

 時代の潮流や治安情報の類は「興味ない」で済ませることはできません。済ませても構いませんが、"重大な不利益"を覚悟する必要はあります。

 例えば、自分の興味関心が"1990年台のアニメ"だけで、ウェブで"1990年台のアニメ"に関する情報のみを集める35歳のニートがいたとします。

 自分にとって都合の悪い情報は遮断しているので、「そのうち、一流企業に就職すればいいや」と考えている。

 この人をバカにすることはできない。ウェブをメインの情報源にする以上、誰でもこの種の"世間知らず"になるリスクを抱えることになるのです。

 僕たちは、"自分にとって都合の悪い情報"を継続的に入手できる仕組みや経路を確保しておくことが、何としてでも必要です。他者の話やポッドキャストを"耳で聴く"のはその具体例のひとつです。

 「なるほど、その通り」と感じる情報ばかり集めていては、予想外の出来事が起きた時、適切に対処することは難しいでしょう。

 同じ理由で、自分と好みや価値観、育った環境が似ている人としか付き合わないのは、たぶん、あまりよくないと思います。

 人間が、自分にとって都合のよい情報を過大評価し、都合の悪い情報を過小評価するのは、避けることができません。これは仕方がない。

 ただし、この点を自覚しているかことは、決定的に重要です。ウェブで得られる情報を偏向させている主犯は、他ならぬ自分自身なのです。

追記.おそらく、収集する情報の1〜2割は、"都合の悪い情報"であることが必要ではないでしょうか。ただし、あまり比率を高くすると精神衛生上よくないので、微妙なバランス感覚が必要になります。

山田宏哉記
 
 2010.6.7
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