ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2607)

 1日16時間のコミットメント

 ツイッターに以下の投稿をしたところ、7人の方にRT(リツイート)して頂きました。おそらく誰しも、思い当たる節があるのだと思います。

覚書。何かを本気でする人にとっては、1日16時間がひとつのスタンダードだと思う。インド工科大の学生の平均勉強時間も確か1日16時間だったと記憶している。僕自身、仕事と勉強でなるべく1日16時間以上になるようにしている。(posted at2010/06/18日(金) 01:13:28)

 これまでの僕の経験では、どのような分野であれ、「この人は凄い」と思えるような人は、1日16時間(考える時間を含めて)くらいは投資してきているものでした。

 日常生活に破綻をきたさず、継続的に打ち込むことができる時間の上限もまた、1日16時間くらいだと思います。短期的には、1日20時間なども可能でしょうが、継続することは難しいと思います。

 単純な話、朝の8時に職場に来て、夜の12時に退社すれば、16時間になります。これくらい働いている人であれば、至るところにいるでしょう。9〜17時で働く人の2倍です。

 だから、「1日16時間が多すぎる」ということはない。しかし、現実的にはこれ以上はできない。ギリギリの均衡点です。

 世界には70億の同時代人がいて、過去に生きた無数の人間たちがいる中で、"前人未到の領域"に達しようと思ったら、相応の覚悟とコミットメントが必要となることは、言うまでもないでしょう。

 その基準のひとつが1日24時間の2/3である16時間程度であると僕は考えます。

山田宏哉記
 
 2010.6.19
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