ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2610)

 底辺から見た六本木ヒルズ

 2003年春に六本木ヒルズがオープンする直前、僕は日雇い派遣の仕事で六本木ヒルズレジデンス(住宅棟)で仕事をした。

 厳密には法律違反の2重派遣としてこの現場に来た。

 メインの仕事は住宅棟に家具を運び込むことだった。日雇い作業の中でもきつい部類に入る現場だった。やたら豪華な内装に「どんな人がこの部屋に住むのだろう」と思ったものだ。

 調べてみると、六本木ヒルズレジデンスの1ヶ月の賃料は、80〜120万円くらいのようだ。この価格では、月収300万円以上はないと、入居は厳しいだろう。

 日雇い労働の昼休みに、近所のコンビニで弁当を買って、強い日差しの下で食べたことを覚えている。

 同じく日銭を稼ぎにきた若者と、なぜか映画『ロッキー』の話になった。僕が「観たことがない」と言うと、「これは男のバイブルだよ」と言われた。

 なぜ、こんな瑣末な細部を覚えているのか。

 率直に書こう。汗水垂らして家具を運びながら、僕は六本木ヒルズに住むであろう住民たちを「羨ましい」と思ったのだ。それに引き換え、うだつの上らない自分自身に怒りと焦りを感じていた。

 21歳。まさに怖いもの知らずだった。我ながら、傲慢で礼儀知らずだったと思うが、たぶん、そういう時期も必要なのだ。

 その後、六本木ヒルズでは数々の野心家たちのドラマが繰り広げられ、その多くが散っていった。

 元来、日雇い労働をするような若者は、六本木ヒルズや森タワーと無縁の存在だ。

 住宅棟に重い家具を運び込んで以来、六本木ヒルズが魅力的な空間だとは感じていたが、同時に僕には"身分不相応"であり、訪れたとしても"疎外感"を感じてきた。

 それから7年がたった。過熱した報道も過ぎ去った。

 先日、改めて探訪してみて、ようやく気後れしなくなった自分に気が付いた。

 7年前と同様、今でもうだつの上らない毎日を送っていることに変わりはない。六本木ヒルズに住めるような高収入を得ているわけでもない。不満を挙げれば切がない。

 それでも、そんな自分を許せるようにもなってきた。色々なことに、折り合いをつけて、何とか日々の生活を回すようになった。

山田宏哉記
 
 2010.6.22
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