ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2613)

 森稔(著)『ヒルズ 挑戦する都市』を読む

 森稔(著)『ヒルズ 挑戦する都市』(朝日新書)を読了しました。

 森ビル社長の森稔氏による初の著書で、その都市構想と軌跡が体系的に理解できる内容になっています。個人的には、森社長が小説家志望だったこととコルビュジエの影響を受けていることがわかったのが大きな収穫でした。

 本来は芸術や学業の世界で生きたかもしれない人が、実業の世界で思わぬ才能を発揮し、活躍をすることがある。著書などから推察するに、森稔氏はそのような方であるかと思います。

 それは、若き日に思い描いた夢を諦め、現実と折り合いをつけて生活をするようになった多数派の大人にとって、一つの希望であると思います。

 私見では、森氏の都市構想を読み解くキーワードは3点ある。すなわち、「都市間競争」と「垂直の庭園都市」、そして「職住近接」である。

 まず、"都市間競争"については、本書で以下のような現状認識が記されている。

【引用開始】

 上海はもとより、シンガポール、香港、ソウルなど、アジアのライバル都市は都市づくりを国家戦略として位置づけて、猛烈な勢いで進めている。そのダイナミズムとスピード感は、東京を遥かに凌駕している。(P260)

【引用終了】


 森氏の東京に対する危機感の根底には、世界基準で見たときの「東京の地盤沈下」がある。おそらく、この危機感は的を射たものだ。多くの日本人も薄々気付いている。しかし、あまり愉快なことではないので、無意識に眼を反らしているのが現状である。

 では、東京の何がいけないのか。東京には何が必要なのか。本書P198〜P199で、その解答がハッキリと書かれている。

【引用開始】

 24時間稼動できるオフィスはもちろんだが、世界レベルの住宅、教育、医療、店舗、環境、そして地震などの災害に対する安全性、セキュリティ…。そのうえで大変重要なのは、交流や文化を楽しむ場と、そのための時間を生み出すような都市構造だ。

 日本人だって、通勤に往復ニ時間半もかかるような暮らしを望んではいない。友人知人、家族とゆっくりすごす時間や、自己啓発の時間や場を望んでいるはずである。それができない都市になってしまった原因は、よくいわれるように、国土が狭いからでも地価が高いからでもない。

 ひとつには、工業化社会の職住分離型の都市構造のままであったこと、もうひとつは土地の細分化が進み、有効な高度利用ができなかったことに原因がある。

 ではどうすればいいのか。

 私の方向性は定まった。職住隣接型の都市構造に方向転換して、土地をまとめ、大都市の「空と地下」を十分に立体活用することで、必要な「空間」を生み出そう。土地は増やせなくても、空間は工夫次第でいくらでも増やせる。そうすれば生活圏はずっとコンパクトに納まり、自由に使える時間も、緑も増えるはずだ、と。

 もっと有意義な人生を送れる都市にしたい。これが「食・住・遊一体型のコンパクトシティ」という構想の原点だった。(P198〜P200)

【引用終了】  


 これは、驚くべき卓見である。森氏のこの都市構想は、もっと評価されてしかるべきだと私は思う。

 しかも、森氏は単にアイディアとして提示しただけではなく、実現にこぎつけた。

 我々はいつしか、海外から"ウサギ小屋"と呼ばれるような家を30年の住宅ローンで購入し、毎朝の満員電車で疲弊しながら通勤する日常を、所与の条件として受け入れてしまった。この現実は変えられるかもしれない。

 六本木ヒルズは、これに対するひとつの先鋭的な解として提示された。六本木ヒルズのプロジェクトが1986年に開始され、2003年に竣工したという事実は、この種の都市開発にいかに困難が伴うかを雄弁に物語っている。

 もちろん、現状では住宅棟の家賃はとても庶民に払える額ではない。ただし、このような「垂直の庭園都市」が、もっと普及すれば、より多くの人がアクセスできる価格帯に落ち着いていくだろう。

 "ウサギ小屋"に住み、毎日の満員電車に揺られ、往復ニ時間半の通勤通学を「仕方ない」と諦めるのか。それとも、現状を変えるために立ち上がるのか。

 賛成するにせよ、反対するにせよ、我々は森氏の都市構想に正面から向き合うべき時に来ている。

山田宏哉記
 
 2010.6.26
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