ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2626)

特権階級としての地方公務員

 『ZAITEN』という雑誌の8月号に「『年収1200万円』公開記事を訴えた講談社女性社員」という記事が掲載されています。内容は見出しそのままです。

 さて、講談社の女性社員が27歳で年収1200万円でも、僕は別に構わないと思います。何故なら、毎朝3時までの残業などを考慮すれば、別に羨ましいとも思わないからです。

 もっと言うなら、民間企業の給与水準がどうあれ、あまり第三者がどうこういうことでもありません。

 前掲の記事では、講談社の社員が20代で年収1,200万円を稼ぐようでは、国民の勤労意欲を削ぐ、という主張がなされています。但し、僕の見るところでは、国民の勤労意欲を削いでいるのは外資系企業や講談社の高給ではありません。

 国民の勤労意欲を削いでいるのは、地方公務員の高待遇です。トヨタの従業員より、名古屋市職員の方が高待遇なのは、誰がどう見てもおかしいでしょう。何しろ公務員の給料は、我々の税金から出ているわけです。

 消費税を引き上げる前に、特権階級と化した地方公務員の処遇を引き下げる方が先決です。特に、公務員の年金や福利厚生の実態を表に晒し出さなければなりません。

 そもそも、なぜ「地方公務員こそ、人生の勝ち組」みたいなふざけた価値観が生まれるのか。

 地方だと、高校進学するにも「公立」志向が強く、「私立」に行くのは落ちこぼれという雰囲気があると聞きます。

 大学は当然、地元の国公立大学を目指し「”旧帝大”に合格すれば、人生安泰」。日本で「国公立大」と言った時に漂う、独特の権威が好きではありません。それを鼻にかける学生も嫌いです。そして、彼らが目指すのはもちろん地方公務員。

 図らずも、無条件に「お上」をありがたがる日本人の悪い癖が露呈しています。失礼ながら、「終わっている」とは、まさにこのことでしょう。

山田宏哉記
 
 2010.7.7
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