ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2642)

 パーソナル・ブランドとグーグル検索

 この度、”いわゆるオフ会”に参加して肌で感じたことがあります。それは”パーソナル・ブランドの時代”が到来したという感触です。

 分かりやすい例を挙げれば、ウェブ上では、実名でやるメリットがデメリットを上回るようになる。これは画期的ばことです。

 僕は、2001年にウェブサイトを始めて以来、一貫して実名で通してきました。そのメリットとデメリットを比較すると、おそらくデメリットの方が多かったと思います。

 詳細は省略しますが、Googleで僕の名前を検索すれば、検索の下位ランクの方に、その残骸が残っています。だから、他人に対して実名でウェブ上で活動することなど、とても勧められないものでした。

 Twitterの登場以来、この風潮が変わりつつあります。単純な話、フォロワーを増やすためには、他の条件が同じなら、実名でやった方が有利なのです。

 僕がフォローする基準としても、「実名を公開しているか」は案外、重要な点です。少なくとも、肩入れの強さを判断する一つの基準にはなります。

 企業のウェブサイトのコンテンツに、社長や社員が”匿名”で掲載されていたら、信頼性を大きく損なうでしょう。個人がウェブ上で活動する際にも、それと同じことが言えます。

 ビジネスパーソンであっても、将来、勤務先の会社や自分に、”不幸な出来事”が起きる可能性は常にあります。おそらく、その時に備えたリスクヘッジとしても、あくまで自分の名前で仕事をして、業績を蓄積していくことは重要です。ウェブ上での実名活動はその一助となります。

 具体的に言うと、ビジネスパーソンが個人としてTwitterをする場合は、「実名公開、勤務先非公開」が合理的だと僕は思います。守秘義務に触れなければ、これで勤務先から文句を言われる筋合いはなくなります。

 これは、グーグル検索への対応を兼ねています。

 自分の名前でグーグル検索したところ、同姓同名の犯罪者が検索トップにくるというのは、たとえ人違いだとしても避けたいものです。これは自分の責任ではありませんが、「人違い」によって、不利益を受ける可能性が高く、異議申し立てのチャンスがあるとは限らないからです。

 「普通の名前」の場合、自分と同姓同名の人は全国に10人くらいはいると思います。まず、この中で最も有名にならなくてはなりません。

 これは現代社会に参加するための"予選"みたいなものです。

 自分の名前のグーグル検索トップが「私」であることは、これから益々重要になるでしょう。

 自分の名前でグーグル検索をした時、自分以外の人物が検索トップに来るというのは、名前を"ハッキング"されたも同然なのです。

 山田宏哉記
 
 2010.7.24
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